ことば

2018年8月 5日 (日)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんだらめ」を読んで 補遺

ちゃらんぽらんを終えて、次に進もうと思っていたが、考え直して違うなあと気づいたところを修正したい。
「あんだら」と「あほんだら」は、そもそも違うんじゃないかと考えを改めた。

久しぶりに『全国アホ・バカ分布考』を真面目に読み直している。
この本は学生に読んでもらいたい良書だと思っている。

さて、「ダラ」は鳥取・島根あたりに残るアホ相当の古い方言。
「あほんだら」は「アホ」に「ダラ」がついた形である。

しかし、それより新しい語形として、岡山の「アンゴウ」がある。
この新古の関係をふまえて、「アンゴウ」に「ダラ」がついて「アンゴウダラ>アンダラ」が指摘されている。(同署pp.335-366)

納得。あほんだらのホの脱落より、新旧の関係、通時的変化がしっくりくる。
その3で書いた「『大辞林』を見てると、「あの道楽(ドラ)」の縮約形」説や牧村史陽による「阿呆太郎?」説はないなと。

この手の語彙もちゃんと考えないとという反省をふまえての補遺。
そして、アホンダラ教の教祖、帯谷孝史(吉本新喜劇)ネタを書いてないという反省をふまえての補遺。

そして、「あんだら」「あほんだら」のアクセントを書き忘れるというどうしようもないミスに対する反省をふまえての補遺。


「あんだら」のアクセントは、LLHL。
「あほんだら」は、LLLHL。
「あほ」は、LH。




2018年7月 8日 (日)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その7

「命まで賭けた女がこれかいな」の「かいな」は感嘆。
「ほんまかいな」の「かいな」は疑問。(p.228)

終助詞の機能というのは、多種多様。
といっても、無限に広がるわけではないが。

「かいな」は私も使うが、「わいな」は使わない。
「知っとるわい」の「わい」というのもほとんど使わない。

「てんか」は使わなくはないが、私の中での頻度は減ったように感じる。
「黙っててんか」という相手が周りにいないからかもしれない。

命令というより依頼なんだが、ぞんざいでも「黙っとけ>黙っといて」ですませる。
もっと柔らかくなら、「黙ってくれへんか」。

「てんか」はやや強めの命令、かつベタな大阪弁なので、よそいきの大阪弁としては使いにくい。
この最終章では、「てんか」を大阪弁の代表にしてんかとしめているが、それについては異存はない。




「命」のアクセントは、HLL。「命まで」は、HLLLL。
「賭けた」は、LHL。
「女」は、HLL。「女が」は、HLLL
「これ」は、HH。「これかいな」は、HHHLL。

「ほんま」は、LLH。「ほんまかいな」はLLLHLL。

「知っとる」は、LLHL。「知っとるわい」は、LLHLLL。

「黙る」は、LLH。「黙って(命令)」は、LLLH。「黙って(連用中止)」は、LHLL。
「黙っててんか」は、LLLLHHH。
「黙っとけ」は、LLLHL。「黙っといて」は、LLLHHH。
「黙っててくれへんか」は、LLLLL HLLLL。

「してんか」は、HHHH。



この章終わり。
そして、『大阪弁ちゃらんぽらん』シリーズ、終わり。

次回より、同じく田辺聖子さんの『大阪弁おもしろ草子』シリーズとなります。



2018年6月19日 (火)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その6

「小春ゥ。死んだらあかんでェ」(p.226)

「でぇ」は古くさいようで古くさくない。
使ってないようで、使ってる。

聞くと古いなあとつい思うのだが、知らぬ間に使っている文末詞の1つ。
いわゆる強調なんだが、「ぞ」は書き言葉的で、「ぜ」はキザすぎる。

私はボギーではないから、キザでいられたらとは思わない。
「○○だぜ」というのは、大阪弁でないという以上に、いまだに気持ち悪さを感じる。

「いきり」ではないが、「かっこつけ」という感じ。
もちろん、もともと方言形として使う人を非難しているわけではない。

嫌なものは嫌。ピーマンやニンジンと同じような感じ。
私はどっちも好きだが。

牧村説では「ぞえ>で」なんだと(p.226)
藤田まことさんの作詞で「情けないぞえ、道中しぐれ」があることからも、まんざら間違いではなさそうだ。

「でぇ」はいかにも大阪弁って感じだが、「て」は共通語でも広がっている。
ただ、共通語では「って」であって、「て」ではない。

いわゆる引用の「と」に近いんだが、近畿方言圏以外は促音が入るのが普通。
促音なしでは言えない人が多い。そこに大きな違いがある。

「分かってるでぇ」だと、みなまで言うな、私はあんたの言うてることよう分かってるぞという感じ。
「分かってるて」だと、それぐらい理解してるから大丈夫という感じ。

確認度合いの軽重の違いか。「て」だと、押しつけがましさはない。
示威や恫喝(p.227)のニュアンスも全くなくなる。

大阪弁で「って」を言わないわけではない。ただ、「って」の方が「て」より強調感がややある。
あるいは共通語の逆輸入か。私は両方使うのだが、違いを上手く内省できない。

共通語の「ぞ」は大阪弁では「で」、「よ」は「わ」、「ね」は「な」なんで、「さ」が「て」になるのか。
「さ」は「ぜ」よりかっこつけなので、どうも受け付けない。





「小春ゥ」のアクセントは、HHHH。
「死んだら」は、HLLL。「死ぬ」は、HH。
「あかんでェ」は、HHHHH。「あかん」は、HHH。

「情けない」は、HHHLL。
「情けないぞえ」は、HHHLLLL。
「情けないでェ」は、HHHLLLL。強調形なら、HHHLLHH。「情けないで」は、HHHLLL。
「情けないぜ」は、HHHLLL。

「分かってる」は、HHHHH。
「分かってるでェ」は、HHHHHHH。「分かってるで」は、HHHHHL。
「分かってるって」は、HHHHHHL。「分かってるってー」は、HHHHHHLL。
「分かってるて」は、HHHHHL。「分かってるてー」は、HHHHHLL。

「分かってるぞ」は、HHHHHL。「分かってるぞー」は、HHHHHLL。
「分かってるよ」は、HHHHHL。「分かってるよー」は、HHHHHLL。
「分かってるわ」は、HHHHHL。「分かってるわー」は、HHHHHHL。
「分かってるね」は、HHHHHH。「分かってるねー」は、HHHHHHL。
「分かってるな」は、HHHHHH。「分かってるなあ」は、HHHHHHL
「分かってるさ」は、HHHHHL。

ついでに、「食べてる」は、LLLH。「食べとる」は、LLHL。
「食べれるぞ」は、LLLHL。「食べとるぞ」は、LLHLL。「食べてるぞー」は、LLLHLL。「食べとるぞ」は、LLHLLL。
「食べてるでェ」は、LLLHLL。「食べとるでェ」は、LLHLLL。「食べてるで」は、LLLHL。「食べとるで」は、LLHLL。
「食べてるって」は、LLLHLL。「食べとるって」は、LLHLLL。「食べてるってー」は、LLLHLLL。「食べとるってー」は、LLHLLLL。
「食べてるて」は、LLLHL。「食べとるて」は、LLHLL。「食べてるてー」は、LLLHLL。「食べとるて」は、LLHLLL。
「食べてるぞ」は、LLLHL。「食べとるぞ」は、LLHLL。「食べてるぞー」は、LLLHLL。「食べとるぞー」は、LLHLLL。
「食べてるよ」は、LLLHL。「食べとるよ」は、LLHLL。「食べてるよー」は、LLLHLL。「食べとるよー」は、LLHLLL。
「食べてるわ」は、LLLHL。「食べとるわ」は、LLHLL。「食べてるわー」は、LLLHLL。「食べとるわ」は、LLHLLL。
「食べてるね」は、LLLLH。「食べとるね」は、LLHLL.。「食べてるねー」は、LLLLHL。「食べとるね」は、LLHLL.L。
「食べてるな」は、LLLLH。「食べとるな」は、LLHLL。「食べてるなあ」は、LLLLHL。「食べとるな」は、LLHLLL。
「食べてるさ」は、LLLHL。「食べとるさ」は、LLHLL。





その7につづく





2018年5月 4日 (金)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その5

男「あいつ、女房(よめはん)居るねんで。知らんねんな」
女「知ってるわいな。知ってるけど、惚れたんやからしょうないやないかいな、ほっといてんか」(p.226)


その4で紹介した言い回しだが、この会話を共通語に訳せと言われると厄介である。
「よめはん」は、大阪弁では普通の言い方。自身の息子に嫁いだ女性の意味ではなく、自身に嫁いだ女性を指す。

「居るねんで」は「居んねんで」の方が、より自然である。「いるんだよ」が近いか。
「知らんねんな」は「知らないんですね」とでも訳しておく。この「な」は確認要求か。

「知ってるわいな」の「わいな」は強調だが、訳しにくい。「当然知ってます」としておく。
「しょうない」は「しようがない」。私は「しゃあない」だが、そこは置いとく。

「やない」は素直に「ではない>じゃない」。
「かいな」は難しい。「かい」は「か」なので、この文脈だと「ですか」となる。この文脈では感嘆は感じとれない。

「ほっといてんか」は「放っておいてもらえ(あるいは、くれ)ませんか」。
以上をふまえた直訳は以下の通りになる。


男「彼、妻がいるんですよ。知らないんですね。」
女「当然知っています。知っているのですが、惚れたのですからしようがないじゃないですか。放っておいてもらえませんか。」


素直な感覚として、共通語に訳すと、空々しい会話になってしまい、下衆の勘繰りという感じも薄まる。
そして、ほんまに放っといてやるほうがええかもしらんと思ってしまう。


今回は共通語に訳した文の大阪弁アクセントを。


「彼」のアクセントは、HL。
「妻」は、HL。「妻が」は、HLL。
「いる」は、HH。「いるんです」は、HHLLL。「いるんですよ」は、HHLLLL。(文末に強調型上昇調がかかることも)
「知る」は、HH。「知らない」は、HHLL。「知らないんですね」は、HHLLLLLL。(文末に強調型上昇調がかかることも)

「当然」は、HHHH。
「知っています」は、LLLHHH。

「知っている」は、LLLHH。
「知っているのですが」は、LLLHHHLLH。(文末に強調型上昇調がかかることも)
「惚れたのですから」は、HLLLLLLL。
「しょうがない」は、HHHHLH。「しようがないじゃ」は、HHHHLLL。
「ないですか」は、LHLLL。

「放る」は、HHH。「放って」は、HHHH。「放っておいて」は、HHHHHLL。
「もらえません」は、HHHHHH。「もらえませんか」は、HHHHHHH。
「放っておいてもらえませんか」は、HHHHHHHHHHHHHH。(文末に強調型上昇調がかかることも)


その6につづく。



2018年4月 2日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その4

尤も、下品な言葉になると、男性だけが使うものに「じゃ」とか「どォ」などというのがあり、
「お前、何じゃ。そんなことしてええ、思とんかッ!」(p.225)


男だけかどうかは、断言できない。本文では「いかに怖い姐さんでも「じゃ」は使わない」とあるが、疑わしい。
ただ、男勝りなのか男っぽくなのか、単にガラが悪いだけなのか、少数派ながらいないわけではないと思う。

「じゃ」は大阪市内より西に行けば行くほど増える。姫路あたりから「や」は「じゃ」になるので。
また、摂津方言より南だと、直感なんだが女性の「じゃ」は増えるかもしれない。

他に「どォ」の例として、ケンカ出入りの際の「撲ッ倒されッどォ」(p.255)が挙げられている。
これは少なくとも私は使わない。じゃりン子チエよりミナミの帝王の大阪弁っぽい。


男性専用語尾には、このほかに、「わい」がある。これは大阪の鉄火コトバで、むろん志操高雅な士君子は使わない。長屋のオバハンなんぞが、ナマケモノの亭主を早く仕事に出そうとして尻を叩く、そういうときの返事として牧村史陽氏の用例によれば、
「やかまし言はんかて、今いくわい」(「大阪方言辞典」)
などと用いる。(pp.225-226)


使わない私が志操高雅な士君子であることは言うまでもない。
私の世代だと「わい」は使わないような気がするが。

なお、「わいな」のように「な」がつけば女も使えるとのこと。(p.226)
「わいな」は聞いたことがあるかもしれないが、記憶がない。少なくとも同世代のことばではない。


男「あいつ、女房(よめはん)居るねんで。知らんねんな」
女「知ってるわいな。知ってるけど、惚れたんやからしょうないやないかいな、ほっといてんか」(p.226)


大阪弁の語尾満載である。




「お前、何じゃ。そんなことしてええ、思とんかッ!」

「お前」のアクセントは、LLH。「何じゃ」は、LLH。
「そんなことして」は、HHHHL HL。「ええ」は、LH。「おもとんか」は、HHHLL。


「撲ッ倒されッどォ」

「はったおされる」は、HHHHHHH。
「張る」は、HH。「倒す」は、HHH。
「はったおされっどー」は、HHHHHHHLL。


「やかまし言はんかて、今いくわい」

「やかまし」は、HHHL。
「言わん」は、「HHH」。「言う」は、HH。「言わんかて」は、HHHHL。
「今」は、LH。「行く」は、HH。「行くわい」は、HHLL。
「今いくわい」は、LLHHLL。


「あいつ、女房(よめはん)居るねんで。知らんねんな」

「あいつ」は、LLH。「よめはん」は、HHHH。「おる」は、HL。
「おるねんで」は、HLLLL(文末に強調上昇調があることも)。
「知らん」は、HHH。「知る」は、HH。
「知らんねんな」は、HHHLLH。


「知ってるわいな。知ってるけど、惚れたんやからしょうないやないかいな、ほっといてんか」

「知ってる」は、LLLH。「知ってるわいな」は、LLLHLLL。「知ってるけど」は、LLLHLL。
「惚れる」は、HHH。「惚れた」は、HLL。「惚れたんやから」は、HLLLLLL。
「しょうない」は、HHLL。「しょうないやないかいな」は、HHLLL LLHLL。
「ほっとく」は、HHHH。「ほっといてんか」は、HHHHHHH。



その5につづく。



2018年3月29日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その3

「そうえ」「お休みやしたらどうえ」
の大宮人風ゆかしさに対し、
「そやそや」「何や、どないしたんや」
の下賤なはしたなさ。はしたないくせに向う意気は強くない。(p.223)


ことばが汚いかどうかについては興味がない。
それを汚いと思うのは、発している人の言い方が問題だからと思っている。

だから、「そやそや」という上品な人もいれば、「そうえ」という下品な人もいるはず。
それでも、後者が思い浮かびにくいのは、やはりステレオタイプとなっているからかもしれない。

演説中に「そうだッ」なら雰囲気が盛りあがり、弁士の舌は熱を帯びるのに対し、「そやそや」だと腰摧け甚だしく、ひやかしているように(p.223)という旨が書かれている。

これも掛け声を発する人次第だろう。ただし、後者の方が前者より技術が必要。
どっと笑いが起こって、盛りあがるということも場合によってはありうる。

丸くおさめてワンクッション入れるという効果は期待できる。
勢いのまま乗せてしまい暴走させるよりは、頭を冷静にさせる効果があるといえる。

田辺さんの小説の主人公は大阪弁。読者の関西出身の女性から、主人に読ませようとしたら「男が女みたいなコトバを使って、読むに堪えない」と主人が拒否したという件がある。(p.224)

大阪弁への偏見にあふれた時代なら、そういう感覚も否めない。
80年代以前の偏見は、今の比ではなかったからだ。

私は小説をほとんど読まないので、最近そういう実感はないが、田辺さんによると「東京弁の小説を読んでいて、老婦人の使うコトバが、男か女か分らなくて、味気ない思いをする(p.224)」とある。

これは男女差がないというわけではなく、若い男と女なら区別があるのに、中年老年夫人は「そうかい」「いやだねえ」「行くのかい」「いけないよ」などの色けのない、男っぽい語尾なんだと。(p.224)

これに対し、大阪弁では「僕、知らんわ」「あいつ、こんなこと、言いよんねん」「あいつには黙って行こな」「オレ、言いたいねん」は、「僕・オレ・あいつ」で男だと分かるという。(pp.224-225)

これは完全には首肯しがたい。例えば「知らんわ」の「わ」が「わあ」となるのは、私の直感では女性の方が多い。
一方で、「黙って行こな」は、長短を問わず若干女性っぽい。「あいつ」があってもそうである。

これは個人差があるが、「黙って行こ」「黙って行こうや」の方が男っぽい。
ただ、性差を越えてどちらも使う表現なので、線引きは難しい。

「言いよんねん」は現代ではどの程度使用語彙なのか分からないが、私は「言うてんで」になり、「よん」が男っぽくない。
ただ、確かに「ねん」には男女差がない。今となっては、古めかしさはあると思うが。

語尾の性差がないという点についてはあると思うんだが、そもそも大阪弁は直接話法で成り立ってるので、話し言葉では発する時の声質の模写によって男か女か分かるという利点がある。




「そやそや」のアクセントは、HLHL。
「そや」は、HL。「そうや」は、HLL。「そうだ」は、HLL。

「なんや」は、LHL。
「どないしたんや」は、HHH HLLL。


「そうえ」「お休みやしたらどうえ」は内省がきかないが、勝手に思ってる京都弁風に言えば、「そうえ」は、LLH。「お休みやしたらどうえ」は、LLLLHLLL LLH。

「僕」は、LH。子どもを呼ぶ時なら、HL。
「オレ」は、LH~HH。「あいつ」は、LLH。

「僕、知らんわ」は、LH HHHL。

「あいつ、こんなこと、言いよんねん」は、LLH HHHHL HHLLLL。
「言うてんで」は、HHHHL。

「あいつには黙って行こな」は、LLLHL LHLL HHH
「黙って行こ」は、LHLL HH。「黙って行こうや」は、LHLL HHLL。

「オレ、言いたいねん」は、LH(~HH) HHLLLL。



その4につづく




2018年3月 7日 (水)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その2

大阪弁にも独特の敬語はあるのだが、昭和も十年代前半にはいると、死語になっている。(p.221)


傾聴に値する。この辺りは近代上方語に詳しくないと分からないこと。
生のことばは、生のことばを知っている人に耳を傾ける必要がある。

研究者はそれがどの程度妥当か、どういう変化か、どういう規則かを追う。
しかし、元の言葉がなければ何もできない。

「だす」「ごわんな」「ごわへん」「ござります」(p.222)は昭和の子どもは使っていないと。
旧幕のコトバとまで言われるほど古めかしいようである。

「だす」は、「わてががんのすけだんねん」と太平シローさんが真似していた時の印象が強い。
ひょうきん族が80年代後半。その頃の懐かしネタなんで、当然古い。

「ござります」は、花菱アチャコさんの「めちゃくちゃでござりまするがな」。
エンタツアチャコをリアルタイムで知るわけもなく、誰かが真似していた記憶しか。

「ごわんな」「ごわへん」にいたっては、理解語彙ですらない。
何も思いつかないほど知らないが、おそらく基本形は「ごわす」。


ついでながら、この話が出てきたところに、子供向けの本が挙げられている。
キンダーブック、講談社の絵本、少年倶楽部、少女倶楽部、セウガク一年生(p.222)。

もちろん、どれも知らない。人智のすすんだ昭和の子供が読むものであるらしい。
なるほど、そういう視点があったか。学界に閉じこもっていると見えなくなることがあるなあ。



「だす」のアクセントは、LH。
「だんねん」は、LHLL。

「わて」は、LH。「わてが」は、LLH。
「がんのすけ」は、LLLLH。
「がんのすけだんねん」は、LLLLLLHLL。

「ござります」は、HHHHH。
「めちゃくちゃ」は、LLLH。「めちゃくちゃで」は、LLLLH。
「ござりまする」は、HHHHHH。
「ござりまするがな」は、HHHHHHLL。

「ごわんな」「ごわへん」は、脳内にない語彙だから推測だが、仮に「ごわへん」がLHLLなら、「ごわんな」はLLLHかも。
おそらく基本形は「ごわす」なんだが、LLHよりはHHHかも。
そう仮定すると、「ごわんな」はHHHHで、「ごわへん」はHHHLかも。


その3につづく





2018年3月 1日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「てんか」を読んで その1

「てんか」pp.220-231

本題に入る前の前置きの部分がなんとも微笑ましい気分になったので、まずはそこから。
大阪弁話者あるいは知る者ならではなのかもしれない。


私は子供のころに、祝儀・不祝儀を問わず、包紙の裏に書かれる金額の「一金拾圓也」「一金五圓也」などの「也」の字を「や」とよんでいた。
漢字を崩してあるので平仮名の「や」にみえるのだ。(p.220)


ブログでは、「~や」をたまに使うが、書類や論文では書くことはない。
大阪方言である以前に口語的であるからだ。

というか、書き言葉は共通語が基本なんで、方言だと居心地が悪い。
規範教育としては正しいんだが、その反動でこういう場ではたまに大阪弁をまじえる。


当時の昭和十年代前半の小学校では標準語が敬語になっていて、教師には「そうです」「ちがいます」などという言葉を使わなければいけない。子供たちに対して標準語教育は徹底的におこなわれていたのだ。
その結果、大阪弁は、「ハレ」と「ケ」でいえば、「ケ」中の「ケ」であり、下品なものと貶められていたのだ。(p.221)


80年代漫才ブーム以前は、今とは非にならないぐらい大阪弁は下品で野卑でとろくもっちゃりした方言だというイメージが流布していた。東京で大阪弁を撒き散らすなという勢いで。

今でも、大阪弁は嫌いというのは、たまに耳にする。
飲み屋で仲良くなったなじみの客でも、そういうことを言うことはある。

私は別という扱いだが、生理的に嫌いなのはどうにもならない。
そりゃそうやろう。逆も真なりであるから。

老年層だけでなく、中年層が飯を食いながら大阪弁の悪口を言ってるのも聞いたことがある。
その話を聞きながら、大阪弁で注文したら、たちまち話は止んだのだが。

領収書に「10円や」と文字で書いてあったら、私でもさすがに笑ってしまう。
だからこそ、冒頭部分が微笑ましく感じたのである。

それ以前に、今の時代に10円で領収書はもらわないから、余計に。



「10円」のアクセントは、HHLL。
「10」は、LH。

「5円」は、HLL。
「5」は「ゴー」とのばすので、HH。



その2につづく。



10

2018年2月 5日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「サン」と「ハン」を読んで その3

アイウエオ五十音で、イ列のイ、キ、シ、チ、ニ、ヒ、ミ、リ。ウ列のウ、ク、ス、ツ、ヌ、フ、ム、ユ、ル。ハ行のハ、ヘ、ホ。ア行のオ。それから、ン(p.216)


「ハン」の上にあると言いにくいリスト。私の内省とはかなり異なる。
そりゃそうである。「ハン」が使用語彙ではないからである。

だから、その自然さの判断が、ずっと大阪にいる人間より劣っているんだろう。
そして、「ハン」が古くさい感じがして使おうと思わないせいでもある。


「坊ンサン」というが、「坊ンハン」とはいいにくい。「奥サン」といっても「奥ハン」はない。
しかし、「学生ハン」はある。(p.216)


「坊ンサン」「奥ハン」と言わないのは、私もそう思う。
でも、「学生ハン」に若干違和感を感じる。

「婿ハン」にも違和感がある。でも、「嫁はん」だけは使っている。
バツイチなので今はいないが、親愛感があったのは事実である。

「ハン」「サン」以外に「ヤン」(p.217)がある。
田端義夫のバタヤンが有名である。

今はもうないが、近所にあったあだんのマスターが、なじみの客を「ヤン」か「チャン」で呼んでいた。
島んちゅだが、大阪にいた頃があったのが影響しているんだろう。

でも、私から見て年上に「ヤン」や「チャン」は使いにくい。
だからといって、通称が決まってるのに本名やサンでも呼びにくい。

その中で、カワバタさんに対するバタヤンだけは、呼びやすかった。
バタヤンという一くくりで有名な表現になっていたからだろう。


「ヤン」は「ハン」より、もひとつ、軽く扱われ、そのくせ、親しみの度合いは反対に深くなる。(p.218)


首肯できる。そして、「ハン」や「ヤン」は、目上の人には使いにくい。
近しい関係で歳が若い人にしか使いにくい。

最後に「ツァン」の話が書いてあったが、「ツァン」は私の内省では大阪弁とは思えない。
銭形のとっつぁん以外に使ったことがないからである。


「坊ンサン」のアクセントは、LLLH。
「奥サン」は、HLLL。

「学生ハン」は、LLLLLH。「学生」は、LLLH。
「婿ハン」は、LHLL.。「婿」は、LH。
「嫁ハン」は、HHHH。「嫁」は、HH。

「バタヤン」は、LHLL。
「田端」は、HLL。「カワバタ」は、LLLH。

「とっつぁん」は、LLHL。
「銭形」は、LHLL。


この章終わり。



2018年2月 3日 (土)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「サン」と「ハン」を読んで その2

「サン」と「ハン」が子音調和に基づくと書いたが、例外が多い。
音韻規則だけでは説明できないところにややこしさがある。

福田サン、田中サンは福田ハン、田中サン(p.213)と言い換えられる。
人の名字や名前なら置換してもかまわないので、中井ハン、大江ハンでも私は違和感がない。

ただ、私にとっては「嫁はん」以外は、使用語彙ではない。
だから、使うかどうかは別にして、聞いて違和感がないということになる。

皇族に「ハン」が使えないように、神仏にも「ハン」は使えない(p.213)。
「神ハン」「仏ハン」は信仰するか否かを抜きにしても、いくらなんでも敬意がなさ過ぎて無理。


「戎サン(エベッサン)」を「エビスハン」とよばない。「天神サン」「生國魂(イクタマ)サン」「弁天サン」「不動サン」みなしかりである。「住吉サン(スミヨッサン)」「愛染(アイゼン)サン」など、まちがっても転訛しない。(p.213)


「旦那サン」を「旦那ハン」と言わない(p.213)というのは、少し話が変わってくる。
縮約形の「ダンサン」も「ダンハン」とは言わない(p.214)。

ただ、本人に直接呼びかけるのではなく、裏で何かをいう時には使ってもかまわないと考えられる。
この点は、香村菊雄「船場物語」の引用で同様の指摘がある。

「御寮人(ゴリョン)サン」「お家(オエ)サン」「イトサン」も本人に呼びかける時は「ハン」にはならない(p.214)。
なお、「お家ハン」ならびに「イトハン」を「イトチャン」(p.214)と言うのは、はじめて知った。



「福田」のアクセントは、LLH。
「福田さん」は、LLLHH。「福田はん」は、LLLLH。

「田中」のアクセントは、LHL~LLH。
「田中さん」は、LHLLL~LLLLH。「田中はん」は、LHLLL~LLLLH。

「中井」は、LLH。
「大江」は、LLH。

「神」は、HL。「神さん」は、HLLL。
「仏」は、HHH。「仏さん」は、HHHHH。

「戎」は、HHH。「戎サン(エベッサン)」は、HHHHH。
「天神」は、LLLH。「天神サン」は、LLLLLH。
「生國魂」は、LLLH。「生國魂(イクタマ)サン」は、LLLLLH。
「弁天」は、HHHH。「弁天サン」は、HHHHHH。
「不動」は、HLL。「不動サン」は、HLLLL。
「住吉」は、HLLL。「住吉サン(スミヨッサン)」は、HLLLLL。
「愛染」は、HHHH。「愛染(アイゼン)サン」は、HHHHHH。

「旦那」は、LLH。「旦那さん」は、LLLLH。「だんさん」は、LLLH。

「御寮人(ゴリョン)サン」は、HLLLL。「ゴリョーハン」は、HLLLL。
「お家(オエ)サン」は、LHLL。
「イトサン」は、LHLL。「イトハン」は、LHLL。「イトチャン」は、LHLL。



その3につづく。



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