ことば

2017年4月23日 (日)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかめつる」を読んで その3

私の愛好する大阪弁に、「スカ」というのがある(スカタンもここから出ている)。
スカというのは透きから出ていて、あてはずれ、期待はずれ、くいちがい、破約、空虚などの意味を含む。(p.166)


私の内省ではそのような状況、状態でも使わなくないが、人に使う方が多い。
ただ、そこまで可愛げのあるタイプには最近出会ってないような気がする。

スカタンだと、それほどマイナスな意味ではない。
ちょっととぼけたぐらいのミスに使うことが多い。

「スカ屁(p.167)」は使わない。すかしっ屁(スカシッペ)の方が使う。
直感的にすかしっ屁の方が、語形は関東方言のような気がする。

ただ、こういった直接的な表現は大阪弁の方が起こりやすいかと。
「透かす」の語幹+「屁」の「スカ屁」が、連用形+「屁」で促音が挿入された変化だろうか。

駄菓子屋の当てもんの話がp.167に出てくるが、ハズレくじのことをスカという。
これはあてはずれや期待はずれからの派生用法だろう。

外れた状況に対して「スカ」と言ってるのではなく、ハズレくじそのものを「スカ」というので。
「うわっ、スカ引いてしもた」のように。

「スカみたいな奴(p.168)」は派生語としてのスカを再び人に用いた用法。
どんな奴をこの例として用いたのかは以下の通り。


 あるときの正月、若い衆が年始回りにやってきた。中小メーカーの下っ端だろう。
 誰も知らない顔だった。
 ごくわかい男で、影のうすい、オドオドした若い衆である。彼は入口でモジモジしてオーバーを脱いだ。(中略)
 門口で真っ赤になってボソボソといい、蚊の鳴くような声で誰にも聞きとれない。みんな呆れて、じっと見ている。若い衆は泣き出しそうな顔でぺこんとお辞儀して、オーバーを抱えたまま店をとび出した。
「あれでも年始まわりかいな」
 とどっと、一同笑い、大将は、
「どこの若い衆や」
「○○アルミちゃいまっか」
「いや、××軽金属ときこえましたで」
「スカみたいな奴ちゃなあ」
とみなみな、腹を抱えて大笑いになった。(pp.169-171)


営業マンだと元気がいい方がいいんだろう。
でも、元気が良すぎるのは逆に疲れる。

芸人がテレビで元気よく張り芸をやってるのはいい。それは芸の一つだからおもしろい。
一方で、例えば職場で明るく元気にはしゃいでるのは、生理的に受け付けない。

子どもは多少諦めるが、大人だとできればかかわりを持ちたくない。
そういう大人は、子どもよりたちが悪い。

私にとっては、そういう奴もスカみたいな奴。スカタンよりスカみたいな奴の方がマイナスの度合いが強い。
そして、そのスカは空虚レベルではない。元気であっても、ただのはずれくじなので。

破約の用法としては「スカくらう」(p.171)。待ち合わせですっぽかされた時に使う。
私は今は使っていないが、十分に理解できる表現。

スカみたいな奴とは、できるだけスカくらわしたいと思うのは私だけ?
顔をあわせてスカみたいな気分になるのは、ストレスがたまるだけなので。



「スカ」のアクセントは、LH。
「スカタン」は、LLHL。

「スカ屁」は、LLH。
「すかしっ屁」は、LLHLL。

「スカ引いてしもた」は、LH HHHHLL。
「スカみたいな奴」は、LHLLLL HL。
「スカくらう」は、LH HHH。



この章終わり。





2017年4月17日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかめつる」を読んで その2

大阪弁の特徴は、大体において、三つある、と私は思っている。(p.164)


こういう指摘は興味深い。
正しいかどうかは別にして、直感的な記述というのは当たらずと雖も遠からずである。


一つは、自分のことをいうのに、他人風な言い廻しをすること。(p.164)
「ちょっと待てや、おい、ワシにも言わしたれや」(p.164)
「僕にも見せたってえな」(p.165)

二つめは、水をぶっかける所があることだ。
何にでも水をぶっかけて冷静にしてしまう。
「赤目吊って」と指摘されると、そうか、と内々反省して、一瞬ひるむ、そういう語を発明することが多い。(p.165)

その三は、即物的なことであろう。(p.165)


さて、今回は即物的な表現をとりあげることにする。
まずは「めめくそ」。

ちょっぴり、といえばいいものを、目々糞という。
「めめくそほどの金くれて、えらそうにぬかしよんねん」(p.165)


人によっては、「みみくそ」と言ってるかもしれない。
「めくそほどの金」では、しっくりこない。ここは「めめくそ」でないとマイナス感が出ない。

中腰になってしまう「屁っぴり腰」を「ババ垂れ腰」(p.166)と言ってたらしい。
下品な表現が好きな子どもならと思ったが、聞いた記憶がない。

直接的な言い廻しは、商用語でもあったようだ。
その方が話が弾むのかどうかは、商人でない私には分かりづらい。


「小便しよった、というと、商談成立したもんを水に流す、解約することです」(p.166)
「ババ掛けよった、これは品物だけ取り込んで代金渡さん、悪質なるをさす」(p.166)


まあ、汚いものというのから、マイナス方向に派生したんだろう。
現実の場面は想像したくないが、実際にこれをやってもしっくりくるような気がする。




「言わしたれや」のアクセントは、HHHHLL。
「見せたってえな」は、LLLLHLL。

「めめくそ」は、LLHL。「みみくそ」も同様にLLHL。
「めくそ」はLHL。

「へっぴりごし」は、LLLHLL。
「ばばたれごし」は、HHHHHL。
「ばばたれ」は、HHHL~LLHL。

「しょんべんしよった」は、HHHH HLLL。
「ばばかけよった」は、HH LHLLL。



その3につづく。







2017年4月 6日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかめつる」を読んで その1

「あかめつる」pp.162-172

この過疎ブログが大阪弁ちゃらんぽらん読後感に路線を変えて1年2か月が経つ。
今回、これはどうにもこうにもという語彙にあってしまい、どうしよと考えてるところ。

まず、形態素解析ができなかった。
「赤目 吊る」で、ようやく少しだけ想像できるようになった。

血相変えた状態(p.162)とある。
赤目で血走って吊り目やったら、だいぶやばい奴なんだが。

「不仲になる」は結果論で、「赤目を見せていがみ合ふ」が正しいとのこと。
正しいかどうかは別にして、後者が先で前者が派生であることは分かる。

「目+かね>眼鏡」「目+いぼ>めいぼ>(…>めば)」みたいな、分かりやすい語構造。
しかし、私の脳内に全く存在しなかった。ひとまず例文を理解していくしかない。


「えらい赤目吊ってボロクソにいいよんねん」(p.163)


これに対する田辺聖子さんの所感がいい。


目を血走らせてまなじりを吊り上げ、肩をいからしている状態を活写してあますところがない。しかも、そういう怱忙のあいだに、ちゃんと相手の目の色まで見届けているということで、余裕のあることだから、実兄描写におかしみが添う。あるいは、いきり立つ相手に、
「そない赤目吊っていわんでもよろしやないか」
となだめてかかるとき、ふと相手に、おのれをふり返らせる機会をも与える。(p.163)


傍から見てたらというだけで、当事者にそんな余裕はないと思う。
これについては、男女差による見解の違いだろう。


「赤目吊って働いたかて、月給上るやなし、……ボチボチにしとかな、あほらしわ」(p.163)

営業マンか、年度末の経理か、締切直前の設計か。
あるいは書類作成に追われてパソコンと格闘している社員か。

必死のパッチで働くのは時に必要だが、赤目吊ってたら血圧上がって仕方ない気がする。
でも、誰かが働かなければならない時はある。

亭主の好きな赤烏帽子。ブラック企業での理不尽な赤であるという皮肉な解釈ができる。
そしたら、ブラック企業には赤目吊ってるのが多いんだろうか。

いや、赤目を吊る前に、顔が青ざめているような気がする。




「あかめつる」のアクセントは、さんざん悩んだあげくLLHHH。
「赤目」がLLH、「吊る」がHHなんで、そうした。


「ボロクソ」はHHHH。
「必死のパッチ」はLLLH LLH。



その2につづく。





2017年3月30日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あもつき」を読んで その2

祖母は、外から買えると何々に金を使ったか、洟紙(はながみ)に、鉛筆をなめなめ、書いていたが、それがおかしかった。
「一、すこん 一、おかしん 一、まめさん 一、おまん 一、けつね」(p.157)

「すこん」は「酢こんぶ」、「おかしん」は「お菓子」、「まめさん」は「小さな塩豆」、「おまん」は「饅頭」、「けつね」は「きつねうどん」を指す。場面や文脈があれば、聞いて理解できる語彙だが、どれも使わない。

「まめさん」が「塩豆」を指すのは、私では容易に想像しにくい。
「けつねうろん」は河内なまりとあるが、「うどん」を「うろん」と言う以前に、私は「けつね」も使わない。

「シ」が「ヒ」になる、例えば「七(ヒチ)」「質屋(ヒチヤ)」は今でもそう言う時がある。
一方で、「キ」が「ケ」になるのは、おそらく使っていない。「ケ」で思いつくのは「けーへん」ぐらいか。

「来る」に打消しの「~へん」がついたら、「けーへん」と言う。「きーひん」は使わない。
よそ行きの大阪弁の時には、いわゆる新方言の「こーへん」を使うことがある。

「する」は「せーへん」。これを「しーひん」とは言わない。
ただ、「する」の場合は、「せぬ」なので「せ」で違和感がない。

「来る」は「来ぬ」だから、「けーへん」じゃなく「こーへん」が生じる。
しかし、これは「キ」が「ケ」ではない。だから、私の内省では「キ」が「ケ」になる語彙が思いつかない。


モチのことを祖母や曾祖母、掛人(かかりゅうど=居候)の老女などは「あも」といっていた。歯のぬけた老女達が「あもを沢山(ようけ)いただいて」などと笑い合う。(p.158)


この章のタイトル「あもつき」の「あも」がようやく登場。
私の脳内には全くなかった語彙で、これは聞いても容易に想像できない。

「あもつき」は「餅つき」のこと。
「正月きたら、あも搗いて……」という子守歌(p.160)があるそうだ。

さて、最後に近松の『関八州繋馬』に、以下の文言があるとのこと(p.161)。
「今宵はお寝間でしっぽりと、お二人のあもつき」

「もちつき」の意味だと分かりにくいが、こっちの例だと分かりやすい。
熊八中年[注]の「何となく、卑猥な語感でしたなあ」(p.160)も分からなくはない。




「はながみ」のアクセントはHHHH。
「すこん」はLHH~LLH。
「おかしん」はLHLL。「お菓子」はLHL。
「まめさん」はLHLL。「豆」はLH。
「おまん」はLHL。「饅頭」はHLLL。
「けつね」はLLH。「けつねうどん」はLLLHLL。

「あも」は、私の内省ではLH。
知らない語彙でも私のアクセントだとどうかということについて、これまで記してきたが、「あも」はゆらぐ。HHでもいいかもしれない。HLは違う気がする。
「あもつき」は、HHHL。「もちつき」がHHHLなんで、そこからの類推でそう言う。


追記
・京の御所ことばとして挙がっている例(p.158)
「お豆」LHL。
「おながもの」はうどんのこと。LLLLH。
「いともの」は素麺のこと。LLLH。LHLLだと「糸でできた製品」となる。
「おしわもの」は梅干しのこと。LLLLH。

・大阪弁で「うまくない」というのを「もみない」といい(p.159)
私は使わない。
「もみない」はLHLL。
「うまくない」は「LHL LH」
「うもない」はLH LH。「うもない」から類推するとLHLHだが、「もみない」はLHLLの方がしっくりくる。


[注]熊八中年 本文にしばしば登場する野卑で下ネタ好きな男性。







この章終わり。





2017年3月20日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あもつき」を読んで その1

「あもつき」pp.151-161

今回は食物の名称を考えよう(p.151)とあるので、そうする。
今回も古い言い方が多く、なじみがない言葉が多い。

「おかいさん(p.152)」については、以前にも書いたことがあるが、使わなくはない。
「おかゆさん」や「おかゆ」も使っているが、ぞんざいに言えばたぶんそう言っている。


なお、紀州では茶粥のことをおかいさんというとのこと。
派生というべきか、拡大用法というべきか。

「おみい(p.153)」は、これだけではさっぱり想像がつかない。
「おみみ>おみい」という変化なんだが、これでもさっぱり想像がつかない。

「浪速方言大番附」では「おみや」、「御所ことば」では「おみみ」、「日本国語大辞典」では「おみい(御味)」が掲載されている(p.154-155)ようだ。「omiya>omimi>omii」か、「omimi>omiya, omimi>omimi」という2つの枝分かれ変化か迷うところである。

全くもって蛇足になるが、「おみみ>おみい」は、「すいません」嫌いへの抗弁となる。
音韻的には子音となる鼻音の脱落なので。
「すいません」ならmの脱落、「すんません」ならiの脱落。
正しい日本語好きでも、音便まで批判するわけではないだろうと思いたい。
「すみません」代わりに「すいません」と言うと、「タバコか」みたいな返しがあると聞いたことがあるが、これは「済みません」と「吸いません」のアクセントが違うのでセンスがない。

「おせん(p.156)」が煎餅だということは分かるが、甘い煎餅だとは理解していなかった。
となると、私の内省ではなんちゃって理解語彙となる。

「おかき(p.156)」が塩煎餅というのだが、これも若干違和感がある。
私の内省では煎餅は平たく、おかきは棒状なので。

「エー、おせんにキャラメル、おかきにあられ……(p.156)」
昭和10年代のカツドウ小屋(映画館)で売り子さんがいう文言。

そうなると、前者が甘いもので、後者がしょっぱいものか。
なお、私の内省では「あられ」は小さい球状のものである。




「おかいさん」のアクセントは、LLLHH。
「おかゆさん」もLLLHH。「おかゆ」はLLH。

「おみい」はLHL。「おみみ」も「おみや」も同様にLHL。

「済みません」はLLLLH。「すんません」も「すいません」もLLLLH。
「すんまへん」は摂津弁じゃない気がする。「すいまへん」は私の内省ではあってもいいがかなり違和感がある。

「吸いません」はHHHHH。
共通語だと「すみません」も「吸いません」もLHHHLで同じなので、そういうネタになるのか。

「おせん」はLHL。「汚染」ならHHH。
「おかき」はLHL。「あられ」はHHH。



その2につづく。




2017年3月 8日 (水)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんだらめ」を読んで その3

その1に「あんだらめ」は「あほんだらめ」の「ほ」の弱化と書いた。
ただ、『大辞林』を見てると、「あの道楽(ドラ)」の縮約形も考えられる。

「 -めには拳一つあてずほたえさせ/浄瑠璃・油地獄 中」
とあるので、割と古くから「あんだらめ」は使われているようだ。

また、「阿呆陀羅経」という滑稽話が江戸中期にあるので「あほ(ん)だら」が江戸時代にあったとも考えられる。
それだと、弱化説も否定できない。

共時的に考えれば「ほ」の弱化ですむが、通時的に考えるとどちらか特定しきれない。
その当時の弱化に関する文献資料でもあれば分かるのだが。



さて、p.146に罵詈讒謗の言葉として、「~くさる」「~さらす」「~けつかる」「~こます」が挙げられている。
例をもとに内省してみたい。

「なに吠たえくさる、このあま(p.146)」は理解できるが使わない。
「なにしくさってる」が基本用法だろうが、私の内省ではなじみがない。

「何さらしてけつかんねん(p.147)」は「~さらす」と「~けつかる」の2つが入ってる。
子どもの頃、「けつかる」という語彙が頭になかったので、「何言うてけつかんでんねん」と言っていた。


「出ていきさらせ」
と男は女にいい、女が荷物をまとめて出ようとすると、
「このドアホ、どこへいきさらす」
と引きとめてやらず、女はマゴマゴし、男はさらに
「何をボヤボヤしくさる、さっさとメシでもたきやがれ」
などどいうのである。(p.147)


さすが田辺聖子さん。展開が面白い。昭和の男と女って感じが際立ってる。
私はもはや平成人間なので、共感できても使うことはないだろう。

「いうてこましたった(p.147)」「どついてこました(p.148)」は私は聞いたことがない。
「~こます」は「いてこます」がすぐに思い浮かぶぐらい。

ただ、喧嘩に向かない私は、相手をいてこますことはできない。
この場合の「~こます」は「完膚なきまでやっつける(p.149)」があってる。

この「こます」は、「張り手をかます」の「かます」の音韻変化ではないだろうか。
暴力的に相手に仕掛けるという意味合いでなら、合っている。

「はったりをかます」の場合、暴力的ではない。
何か仕掛けてはいるが、だまして落とす方向に向かっている。

なので、「スケコマシ(p.149)」は、「かます>こます」が後部要素であろう。
前部要素は「好き>すけ」ではないかと考えている。

「すけべ」の「すけ」も「好き」から来ているので、そう考えることができるだろう。
「(女に)好きをかます」ことで、たらしこんでいるのではないかと思う。

この解釈が「すけこまし」の語源として適切かどうかは今後の検証が必要であるが、そんなにおかしいとは思っていない。




「吠たえくさる」のアクセントは、HHHHHH。
「しくさってる」は、HHHHHH。

「なに さらして けつかんねん」は、LH HHHH HLLLLL。
「け」の後に下がり目。
なので、「言うて けつかんねん」は、HHH HLLLLL。
「言うて けつ かんでんねん」は、HHH HL LLHLLL。

「出ていきさらせ」は、HHHHHHL。
「いきさらす」は、HHHHH。
終止形は高平、命令形は「ら」の後に下がり目。

「いてこます」は、HHHHH。
「張り手」はLLH、「はったり」はLLLH。
「かます」は、HHH。
「スケコマシ」は、LLLLH。

本文でふれてないが、「尻」はHL、「おいど(p.148)」はLHL。


この章、終わり。








2017年2月24日 (金)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんだらめ」を読んで その2

「ドアホ」は「アホ」を卑しめ貶めた罵詈用語、侮蔑用語(p.143)である。
単純に強調とは言い切れず、元の意味のプラス要素を消し去ってしまうのが「ド」である。


「ドアホ」というと、「アホ」というコトバの持っているやわらかみは、全く失われる。「ド」というのは激越で下賤で、はなはだ品格のない言葉、かりにも教養と見識ある紳士淑女は使ってはならないとされている。(p.143)


私に品格や見識があるかは別にして、東京に来てからは使う頻度が減っている。
そのニュアンスが伝わらないから、せいぜい「アホか」ぐらいでとどめている。

「アホ」と「バカ」が大阪と東京では逆と言うが、都内で大阪弁の「アホ」は諦められつつある。
都内で大阪人の悪口はあっちこっちで聞くが、諦めの声もないわけではない。

一方で、大阪で東京弁の「バカ」はまだ受け入れられているとは思えない。
これは私も感覚的にそうであり、東京に住んでいてもまだ体が受け付けない。

ただ、今のところ、私に「バカ」と言ってくる人間は周りにいない。
だから、過ごしていけるのかもしれない。

「ド」がつく言葉はまだまだあり、「ドスベタ」「ドタフク」(p.143)が挙げられている。
これらは女性に対しての専用の侮蔑用語と言える。

さすがに女性に「すべた」も「お多福」も言わないので、これらは理解できるが使っていない。
どちらも醜い女を指すが、「すべた」はブサイク、売女、不良などに、「お多福」はふっくらした顔に言う。

「お多福」はかつては美人だったが、時代によって解釈が変わっている。
なお、「ドタフク」は「ド+オタフク→ドオタフク>ドタフク」と「オ」が融合した語形になっている。

「すべた」はスペイン語のespadaから来ているとのこと。カルタの零点札から派生した語なんだそうだ。
語源というものはあまり信用してないので、何とも言えない。「ずぼら」の変化形の気がするのだが。

「ド根性」は、もともと「根性が悪い」であって、「性根がある」「気骨稜々」ではなかった(p.144)とのこと。
我々世代は「ど根性ガエル」の印象が強いので、前者の意味では使わない。

「ドケチ」「ドスケベ」(p.144)は、何の抵抗もなく使える。
ただ、気のおけない相手でないと、あとあとめんどくさそうだが。

「愚妻」は「愚かな妻」ではなく、「愚かな夫の妻」なんだが、誤解されることが多い。
「ド嬶(どかか)」(p.144)などと言ってしまうと、さらなる誤解を生むかもしれない。

「おのれのドタマ、かち割ったろか」(p.144)は、ある意味定型句となっている。
「ド+アタマ→ドアタマ>ドタマ」といった、頭のどぎつい言い方。

私はこの定型句は使うことはない。
新喜劇で出てきたら笑えるが、実生活だと笑えない。

むやみに大きい体格のことを「ドンガラ」(p.144)と言うようだ。
これは知らない。「ドタマ」と同様にただただ悪い意味で使っているようだ。

「カラ」は「柄」で人を指し、図体や体格も指す。
「やから」「はらから」の「から」と同じ語基である。

最近テレビで悪い人のことを「やから」と言ってるが、アクセントがLHLが多い。
私はHHHなんだが。またテレビで言われている用法は私は使わない。

私は連体修飾語がなければ使えないので、単独である人を指して「やから」とは言えない。
3拍侮蔑語はLHLになりやすいので、それに準じたアクセントになったんだろうか。

なお、これらの「ド」は「超ド級」の「ド」とは異なる。
「超弩級」はイギリスの戦艦「ドレッドノート(dreadnought)」の頭文字「ド」への当て字。

だから意味は「どでかい」に近くなるが、大阪弁の「ド」とは関係ない。




「ドアホ」のアクセントはHLL。
「アホ」はLH、「バカ」はHL。

「ドスベタ」はLHLL、「ドタフク」はLHLL。
「スベタ」はLHL、「おたふく」はLHLL。

「ド根性」はLHLLL、「根性」はLHLL。

「愚妻」はLLH、「ド嬶」はLHL。

「ドケチ」はLHL、「ドスケベ」はLLHL。
「ケチ」はLH、「スケベ」はLHL。

「ドタマ」はLHL、「頭」はHLL。

「ドンガラ」はLLLH。
「やから」はHHH、「はらから」はHHHH。

「超ド級」はHHHLL。
「どでかい」はLLHH。



その3につづく。









2017年2月 4日 (土)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんだらめ」を読んで その1

「あんだらめ」pp.140-150

これは大阪弁感覚があればすぐに分かるが、そうでなければピンと来ないかも。
「あ」と「ん」の間に「ほ」を入れればわかるかと。

ぞんざいに言った時に、「ほ」が弱化して脱落してしまった言い方。
これは大阪弁だから落ちるというわけではなく、個人差がある。

ということで、この章は罵詈讒謗をあらわすことばの特集となる。
こういうのは学術ものではあまり書かれてないんで、こういうブログの方が気楽。


ケンカの時に相手を罵る語としては、
「おんどれ」「われ」
「ガキ」
「ド畜生」
などあり、相手が若いときは
「小便タレ」
などともいう。 (p.142)


「おんどれ」「われ」は確かに大阪弁だが、摂津弁ではないような気がする。
また、ガラが悪い、喧嘩が好きだという性格でないと、使わないと思う。

「おんどれ」は「おのれ>おんどれ」という変化か。
「の>ん」はよくある変化だが、そこに「ど」が入るのが面白い。

となると「おのれ>おどれ>おんどれ」かもしれない。「の>ど」という変化については可能性としてはあるけど、他に類例を見つけないとそうにちがいないと断言することはできない。

「われ」は自分自身のことを指すわけでなく、相手のことを指す。
「自分」「われ」を2人称として使う大阪弁話者は、一定数いるのは確か。

「われ、なんて名前や」はあまりにガラが悪いが、「自分、なんて名前?」というのは日常会話として使っている人がいる。
私はそう言わないが、他人が使っていても何の違和感もない。

「ド畜生」は想像はできるのだが、実際に聞いたことはない。
まあ、そういう現場にいたら、私はのびるどころか死んでしまいそうなんで。

さて、最後の「小便タレ」、これは「しょんべんたれ」と言う。
これは、今の私の年齢ぐらいで青二才相手に使うのが、ちょうどいいのかも。

だからといって、学生には使えないが。よほど気のおけない学生であっても。
まあ、気のおけないのんは、こんなセリフを吐かせへんやろうけど。

ちなみに、「しょんべんたれ」は男相手に使う。女相手なら「しょんべんくさい」。
なぜなのかは分からないがそういう区別はある。

実際に小便の臭いがするわけではない。
まだおねしょしてるぐらいの小さい子を誇張して使っている。

「小便臭い」女の例として、「あまりにも若くてまだ色気がたらん憾みがあり(p.143)」と書かれていた。
例えば誰というのは、さすがに控えておく。

このニュアンスが東京で伝わらないのは言うまでもない。
だから、私が使う機会はなさそうである。

さすがに職場では言えないし、今どきよっぽど気のおけない関係でもネタでしか言えない。
これを真顔で言える時代でないことは、一応理解している。

だから、「小便くさい」は使わない。
「小便タレ」と言ってやりたい奴は確実にいるが、今のところ大人のたしなみを守っている。





「おんどれ」のアクセントはLLLH。
「われ」はLH。HLでは迫力もくそもない。
「ガキ」もLH。

ついでながら蘊蓄を垂れると大阪弁の2モーラの卑罵語は基本的にLHが多い。
「あほ」「ぼけ」「かす」「はげ」「ちび」「でぶ」などなど。
ちなみに「ばか」はHL。やはりこの語は大阪弁になじまない。

「ド畜生」はLHLLL。

「しょんべんたれ」はHHHHHL。
「しょんべんくさい」はHHHHHLL。





その2につづく。





2017年1月30日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ねちこい」を読んで その4

おかしいことばでは、「ねちこち」というのがある。これもネチネチより、もうひとつ粘着した感じのものだ。(p.138)


この語彙も知らないし、聞いたことがない。「ねちこい」は「ねちねち」の「ねち」に「ーこい」がついたものだろうが、「ねちこち」は「ねちこい」から派生したのだろうか。

なぜ「ち」になったのか。「ねちねち」と「ねちこい」の混淆語なんだろうか。
「ゴリラ+クジラ→ゴジラ」のようだが、語末の1モーラだけが混ざったということか。


「ねちこいに似たものに、ネソというのがありますが知ってますか」
と熊八中年はいった。
「知ってます。ムッツリした、口かずの少ない、おとなしい人のことでしょう」
「そうそう、しかも、タダのネズミではないという感じ。おとなしい人、というのは人畜無害でありますが、『ネソ』にはどこか一抹のニュアンス、あやしき影の部分がある。そこがねちこいとねそのちがうところですな。――ねちこいは、法にふれることはしませんが、ネソは、もしや、という臭みもある。たいがい犯罪者があげられると、近辺の人はびっくり仰天して、あんなおとなしい人が、とおどろくのが多い――これつまり、ネソがコソするというのである」(p.138)


長い引用になったが、これはここまで書かないと理解できないので。
コソというのは、人にかくれて淫靡な行為をなすことである(p.139)そうだ。

「ねそ」も「こそ」も、私は聞いたことがない。
その手の話をする大人が周りにたまたまいなかっただけなんだろうか。


ネソがコソをする、というのは、虫も殺さぬ無垢な処女のような娘さんが、いつのまにかぼてれんになったりすることを指す。(p.139)


ぼてれんは妊婦のこと。
擬態語からの派生ではあるが、あまりにストレートすぎる。


「しかしまあ今は、ネソもコソも地を払いました。天下晴れて白日のもと、ねちこく、ネトネト、これみよがしになってはりましたわ。今にして思うと、ネソもコソもかわいいもんでした」(p.139)


どおりで、「ねそ」も「こそ」も知らないはずである。
ついでながら、「ネトネト」は理解できるが、使わない。

昭和の大阪が、時代とともに変化したということか。
猥雑さがある街だが、少しずつ取り除かれているのかもしれない。

きれいになった京橋駅付近を見るたびに、そう思う。



「ねちこち」のアクセントはHLLLで、「ねちねち」と同じ。
「ネトネト」はHLLLより、LLLHの方がすっきりする。
先の2つはLLLHやと違和感あり。

「ねそ」も「こそ」もHL。

「ぼてれん」はLLHH。





この章終わり。



2017年1月19日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ねちこい」を読んで その3

議論をしていて、意見が違っても決して怒らず、冗長な口調で押し返す。堂々巡りでも倦まず、しぶとく食い下がる。 といった例がp.133に出ている。

これは私の語感ではねちこいではない。
ひつこさは出ているが、嫌味を言ってるわけではなさそうなので、粘着質感が少ない気がする。

粘着質が加わっていくと、「しつこい<ひつこい<ねちこい」になる気がする。
共通語形のしつこいより、大阪弁のひつこいの方が、ひつこいと思う。

「こういう人は、コッテ牛のようなものである。(p.133)」
コッテ牛という言葉を知らないんで調べたら、元気な牡牛のことだと。

「おせでもつけどもピリッとも動かぬ。(中略)咽喉もとへくらいついたら(中略)雷が鳴ろうが槍が降ろうが、決して放さない。(p.133)」が、コッテ牛の特徴か。

さっきの人は、ひつこいというよりはしぶとい。
ひつこいよりしぶといの方が、打たれ強さが加わる。また、プラス評価で使える。


 女のねちこいのは処理にこまるものである。
 私は、とくに同姓のワルクチはいいたかないのでありますが、姑、小姑、ねちこくいびってるのなぞは、男ではできにくいことである。(p.137)

ふむふむとは思うが、女の世界の裏側は見たことがない。
ドロドロやと噂では聞くが、実体験としてはない。

うちは姑によるいびりもなかったので、それは昼のワイドショーの再現ドラマでの世界だと思ってるぐらいの感覚。生で見たら、心の底から軽蔑できる自信がある。

われがわれがで、人を蹴落としたいがゆえにやるのか。暇やなあと思う。
それが快感になっていくから続けているのか。このド変態めっ。

でも、想像の範囲で続けるなら、男でもそんなのはいるような気がする。
木下ほうかさんの役どころを見てるとそういう気がしてきた。

「ねちこい女には、あたまのいいのは、あまりいない。(p.137)」とあるが、仕事はできるというのはおりそうな感じがする。
そして、男もそうだと思う。ねちこいやつは、総合的に見て頭が悪い。

男であっても女であっても、ねちこい嫉妬はただただみっともない。
嫉妬をしても、表に出さないというのが大人のたしなみである。



その4につづく。









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