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2019年11月 7日 (木)

『大阪弁おもしろ草子』「そやないかいな」を読んで その7

かなりの莫連女でも車内の痴漢に対しては、

「何さらすねん、このオッサン!」と罵るだろう。(p.47)

 

大阪弁の罵詈讒謗として、「さらす」「けつかる」「こます」が挙げられている。

莫連女なら、これらを使っても何の違和感もないので、本来なら「~でも」ではないはず。

 

ここで問題なのは、文末に「ねん」がつくこと。

これが女性らしさと捉えている。だから、「莫連女でも」なのである。

 

男なら、「何さらしけつけるんじゃい、おんどれ!」(p.47)

これが男性らしさのステレオタイプにはしたくないが、あるあるである。

 

女は「わい」「じゃい」が使えない社会の仕組みになっているは、昭和50年代を振り返ってみるとそうだと思う。

ただ、私の世代でも「わい」や「じゃい」は既に古臭さを感じていた。だから、使用表現ではない。

 

この手の言い方は、今はもっと古くさく感じて、若者は言ってないような気がする。

方言形というのは徐々に滅びるものであり、それも世の常人の常。

 

「わいな」が男女共通(p.47)と言われても、私にはこれも古くさい。

白黒のコメディーを見ているような感じである。

 

女房「あんた、まだ飲むのん」

旦那「飲むわいな。なに、もうない? 買うてこんかいや。切らすな、っちゅうねん」

---

女房「あんな男のどこがええねん、いわれたかて惚れたんやさかい、しょうないわいな。ほっといてんか」

女「そこまでイカれとったら、しょうないわな」(pp.46-47)

 

もちろん頭にすんなり入る表現である。聞いてる分には違和感はない。

ただ、旦那の言い方そのものは私は言わない。いかにも古くさい大阪のおっさん臭がするので、それは避けたい。

 

「わな」は「やな」と似ていて客観的な姿勢であり、「わいな」は主観で強い主張を示す。(p.47)

「わな」は使うが、「わいな」は使わぬ。私には強い主張がないようである。

 

尤もお軽が、〽わたしゃ売られてゆくわいな……というときの「わいな」は現代の「わいな」とはちがい、私の祖母のように。

「おいしゅおますわいな」の感嘆助詞だろう。(p.47)

 

お軽とは、かな手本の登場人物。なんやかんやで、勘平に遊里に売られる。

先の歌詞は、上方座敷歌のどんどん節の一節。

 

田辺聖子さんは1928年生まれ。私の祖母となると、明治生まれであることは確実。

その世代のわいなと、昭和1ケタ世代による昭和50年代という現代の用法の違い。

 

通時的考察として重要である。

昭和50年代なんて、私なんぞ小僧っこ扱いでもしょうないわな。

 

 

「何さらすねん」のアクセントは、LL HHHLL。

「このオッサン」は、LL LLHH。

 

「さらす」は、HHH。

「けつかる」は、HLLL。

「こます」は、HHH。

 

「何さらしけつかるんじゃい」は、LL HHHHLLLLLL。

「おんどれ!」は、LLLH。

 

「あんた、まだ飲むのん」は、HLL LH LHLL。

「飲むわいな」は、LHLLL。

「なに、もうない?」は、LH HH LH。

「買うてこんかいや」は、HHHHHHLL。

「切らすなっちゅうねん」は、LLHLLLLLL。

 

「あんな男のどこがええねん」は、HHH HLLL HHH LHLL。

「いわれたかて」は、HLLLLL。

「惚れたんやさかい」は、HLLLLLLL。

「しょうないわいな」は、HHLLLLL。

「ほっといてんか」は、HHHHHHH。

 

「そこまでイカれとったら、しょうないわな」は、LHLL HHHHHLL HHLLLL。

 

 

その8につづく。

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