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2019年11月

2019年11月14日 (木)

『大阪弁おもしろ草子』「そやないかいな」を読んで その8

「いくねん」「するねん」「ウチ、まだ知らんねん」「結婚したいねん」(p.48)

「ねん」は意思表明であり、強調であり、確認であり。だから、「なんでやねん」というツッコミが成立する。

 

相手からの返答やあいづちは必ずしも求めていない。

男女共用であることはもちろん、これは今でもさすがに死んでないだろう。

 

「ね」が軽く消失してしまう憾みがある(p.48)というのが、ピンとこなかった。

ンが弱まった言い方の場合ということなんだろうが、「嫌やねン」の時だろうか。

 

これは、世代差ではなく、私が理解できないだけなのかもしれない。

女の言い方でのかわいらしさなら、すっと理解できるんだが。

 

「ねん」の後ろにさらに続いて、「ねんわ」「ねんな」「ねんで」「ねゃ」(p.48)と展開する。

「ねんな」「ねんで」はともに念押しが強く加わる。「ねんで」の方が相手への圧は強い。

 

「ねんわ」は内省してみたんだが、どうもしっくりこない。

「すんねん」「するわ」はともに問題ないが、「すんねんわ」となると、理解レベルでもハテナが飛び交う。

 

ググってみたら、谷崎潤一郎の『卍』で「神経でそんな気イするねんわ 」というのがあったが、彼はネイティブではない。

また、見た目は1150件ヒットだったが、精査すると延べでも50件強。「すんねんわ」でも同程度の値。

 

使う人に違和感がない人はいるんだろうけど、私のように違和感がある人の方が多いと推測した。

「ねん」の意思表明が強めなのに、そこに「わ」という弱めの主張、あるいは詠嘆というのがあわないからかもしれない。

 

「ねんな」「ねんで」「ねゃ」は強いもん同士がくっついたから、さらに強く主張となるから違和感がない。

「ねんわ」については、少し調べる価値がある。

 

「ねゃ」という表記はいい。田辺さんの感性による、時折小文字が入った大阪方言表記は、結構的を射ている。

ただ、私は「すんねゃ」より「すんねや」と「や」が強い。「ねゃ」は古くさいとは言わないが、私は言わないなと。

 

なお、吉本新喜劇のたつじいこと井上竜夫の「おじゃましまんにゃわ」は、やはり「にゃわ」である。

 

 

「いくねん」のアクセントは、HHLL。

「行く」は、HH。

 

「するねん」「すんねん」は、HHLL。

「する」は、HH。

 

「ウチ」は、HL。

「まだ」は、LH

「知らんねん」は、HHHLL。

「まだ知らんねん」は、LL HHHLL。

「知る」は、HH。

 

「結婚したいねん」は、HHHHHLLLL。

「結婚」は、HHHH。

「結婚する」は、HHHHHH。

「結婚したい」は、HHHHHLL。

 

「嫌やねン」は、HHLLL。

「嫌」は、HH。

「嫌や」は、HHL。

 

「すんねゃ」は、HHL。

「すんねや」は、HHLL。

 

「おじゃましまんにゃわ」は、LLL LLL LH。

 

 

その9につづく。

 

 

 

 

 

追記

青空文庫でヒットした「ねんわ」は、以下の4件。

 

袋帯を 止 ( や ) めにせなあかん、袋帯云うもんがあかんねんわ 谷崎潤一郎 細雪
きょうは早う帰らんといかんねんわ 谷崎潤一郎 卍
神経でそんな気イするねんわ 谷崎潤一郎 卍

あなたや咲子さんにご迷惑をかけると思って、つつしんでおりましたねんわ 久生十蘭 猪鹿蝶

 

 

 

 

 

 

2019年11月 7日 (木)

『大阪弁おもしろ草子』「そやないかいな」を読んで その7

かなりの莫連女でも車内の痴漢に対しては、

「何さらすねん、このオッサン!」と罵るだろう。(p.47)

 

大阪弁の罵詈讒謗として、「さらす」「けつかる」「こます」が挙げられている。

莫連女なら、これらを使っても何の違和感もないので、本来なら「~でも」ではないはず。

 

ここで問題なのは、文末に「ねん」がつくこと。

これが女性らしさと捉えている。だから、「莫連女でも」なのである。

 

男なら、「何さらしけつけるんじゃい、おんどれ!」(p.47)

これが男性らしさのステレオタイプにはしたくないが、あるあるである。

 

女は「わい」「じゃい」が使えない社会の仕組みになっているは、昭和50年代を振り返ってみるとそうだと思う。

ただ、私の世代でも「わい」や「じゃい」は既に古臭さを感じていた。だから、使用表現ではない。

 

この手の言い方は、今はもっと古くさく感じて、若者は言ってないような気がする。

方言形というのは徐々に滅びるものであり、それも世の常人の常。

 

「わいな」が男女共通(p.47)と言われても、私にはこれも古くさい。

白黒のコメディーを見ているような感じである。

 

女房「あんた、まだ飲むのん」

旦那「飲むわいな。なに、もうない? 買うてこんかいや。切らすな、っちゅうねん」

---

女房「あんな男のどこがええねん、いわれたかて惚れたんやさかい、しょうないわいな。ほっといてんか」

女「そこまでイカれとったら、しょうないわな」(pp.46-47)

 

もちろん頭にすんなり入る表現である。聞いてる分には違和感はない。

ただ、旦那の言い方そのものは私は言わない。いかにも古くさい大阪のおっさん臭がするので、それは避けたい。

 

「わな」は「やな」と似ていて客観的な姿勢であり、「わいな」は主観で強い主張を示す。(p.47)

「わな」は使うが、「わいな」は使わぬ。私には強い主張がないようである。

 

尤もお軽が、〽わたしゃ売られてゆくわいな……というときの「わいな」は現代の「わいな」とはちがい、私の祖母のように。

「おいしゅおますわいな」の感嘆助詞だろう。(p.47)

 

お軽とは、かな手本の登場人物。なんやかんやで、勘平に遊里に売られる。

先の歌詞は、上方座敷歌のどんどん節の一節。

 

田辺聖子さんは1928年生まれ。私の祖母となると、明治生まれであることは確実。

その世代のわいなと、昭和1ケタ世代による昭和50年代という現代の用法の違い。

 

通時的考察として重要である。

昭和50年代なんて、私なんぞ小僧っこ扱いでもしょうないわな。

 

 

「何さらすねん」のアクセントは、LL HHHLL。

「このオッサン」は、LL LLHH。

 

「さらす」は、HHH。

「けつかる」は、HLLL。

「こます」は、HHH。

 

「何さらしけつかるんじゃい」は、LL HHHHLLLLLL。

「おんどれ!」は、LLLH。

 

「あんた、まだ飲むのん」は、HLL LH LHLL。

「飲むわいな」は、LHLLL。

「なに、もうない?」は、LH HH LH。

「買うてこんかいや」は、HHHHHHLL。

「切らすなっちゅうねん」は、LLHLLLLLL。

 

「あんな男のどこがええねん」は、HHH HLLL HHH LHLL。

「いわれたかて」は、HLLLLL。

「惚れたんやさかい」は、HLLLLLLL。

「しょうないわいな」は、HHLLLLL。

「ほっといてんか」は、HHHHHHH。

 

「そこまでイカれとったら、しょうないわな」は、LHLL HHHHHLL HHLLLL。

 

 

その8につづく。

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