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2019年7月28日 (日)

『大阪弁おもしろ草子』「そやないかいな」を読んで その1

そやないかいな ―語尾と助詞 pp.40-56

 

明治政府が唱導強制した標準語・共通語はいち早く上方にも広まって、私などが小学生のころ(昭和10年代はじめ)は、もう大阪弁を使うのは品がわるく無学なあかしのように思う気風が、大阪の若いインテリの間にあったように思う。(p.40)

 

戦前・戦中かけての昭和10年代以前に生まれた東京人は、かなり大阪弁が嫌いだったように思える。

東京に住み始めて、赤ちょうちんでその年代からは大阪弁は嫌いだとよく言われた。

 

なじみになれば、お前はいいけどとなる。

自身と違うものへの生理的に合わない感か、食わず嫌いなのか。

 

同年代の関東出身者に話すと、この話は理解できない人が多い。

昭和40年代以降は、漫才ブームのおかげというかなんというか、大阪弁への抵抗が薄れていたからである。

 

そして、20~30代の頃から、自身の家族や親族以外の老年層と話す機会は少ない。

当時定年に近い上司ともその手の雑談まではあまりしないだろう。

 

団塊の世代は、徹底的に嫌いというのが減ってきていたと思われる。

それでも、必ずしも好かれているわけではない。

 

今でも全面的に好意的に受け入れられているとは思わない。

だいぶ前に、私より若干下の世代が、そば屋で大阪弁の悪口を死ぬほど行っていたので。

 

近所のそば屋だとさすがにそういうことはないが、オフィス街だったので立派な会社員なんだろう。

まあ、好みの発言は、私的空間では好きにやってくれればいいので。

 

そして、そういう店に大阪出身者がいるとも予測していなかったのだろう。

大阪人はそば食わずに、うどん食っとけというステレオタイプが、まだ生きているのか。

 

黙って聞いていても良かったのだが、注文前だったので、店員さんを呼ばざるを得ない。

「すんませーーん」 すぐに黙ったのは言うまでもない。

 

 

 

「すんません」のアクセントは、LLLLH。

「すんませーん」は、LLLHHH。語末の長音での語尾上がりは、音節単位で高になる。

 

 

 

その2につづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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