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2018年12月

2018年12月 9日 (日)

『大阪弁おもしろ草子』「よういわんわ」を読んで その4

「ようせんわ」「よういわんや」を共通語に訳しにくい(p.16)というのは、同感である。/div>
この「よう」は、古文の「え~ぬ(打消)」から来ている。


「言えない」と「よう言わん」とはニュアンスが違うと私は思う。「よう言わん」を標準語に訳すると、
「とてもそこまでつっこんで言うことはできない、私の立場、私の才徳、私の器量ではそれほど私の手にあまることで、私では、なし能わぬことである」
という意味があるから、これをどうしても標準語にするとなると
「とっても言えないわ」
とでも付加しないといけなくなる。(p.17)


かなり丁寧な翻訳であると思うが、場面次第だろう。
私なら「とてもじゃないけど言えない」と付加するが、「とてもじゃないけど」は多義である。

恥ずかしいからもあれば、圧力があるからもある。くだらなすぎてもあれば、率直に言うのは失礼だからもある。
もう少し想像できれば、もっとあるだろう。

さて、大阪弁で不可能を表す表現には、「よう言わん」と「言われへん」がある。
「~できない」を「よう~ん」あるいは「~へん」で言うということである。

かつては、「よう~ん」が能力不可能、「~へん」が状況不可能という区別があった。
ただ、私の内省では、後者は両方の意味で使える。

疲れてものが言えない時には「よう言わん」となるが、言う場が与えられなかったときには「よう言わん」は使えない。
それに対して、「言われへん」はどちらの場面でも使える。

ただ、質の差は感じており、「よう言わん」の方が、深刻な感じがする。
「言われへん」より「よう言わん」の方が、よっぽど言えないことがあるんやなと感じる。

ただ、「よう~ぬ」は断言しているようで、そうではない。
このあたりも以下の引用部に同感できる。


この、「よう」というのをつけると、言葉のあたりも柔かくなるので、聞く人の耳にも障りがないように思われるのだが、どうであろうか。言えないわ、できないわ、というキッパリした断定とはちがって、
「よう言わんわ」「ようせんわ」
というと、アトをひく感じで、
「何でやいうたら……」
とか、
「そやかて(ビコーズ)……」
とか、その理由をつづけたくなる。(p.18)


「言えまへん」(p.18)は私は使わず、「言えません」と共通語化した。
私の世代で「言えまへん」は、すでに古くてベタな大阪弁と感じる。

断言する時には、「言えません」となる。
ただし、それはあいそもこいそもない。

だからといって、若干柔らかめにするために「よう」を使った「よう言えまへん」は、「よう言えません」では使えない。
「よう言えません」だと、大阪弁と共通語の混種語となってしまい、かなりの違和感がある。

余計なことを付け足す話し方というのは、大阪弁の特徴の一つであろう。
これが要らんことであるかどうかは、話し手の力量によるところが大きい。



「言う」のアクセントは、HH。
「言わない」は、HHLL。
「言わん」は、HHH。「言わへん」は、HLLL。
「よう言わん」は、HH HHH。「よう言わんわ」は、HH HHHL。

「言われへん」は、HHLLL。
「言えません」は、HHHHH。「言えまへん」は、HHHHH。

「する」は、HH。
「しない」は、HLL。「せん」は、HH。
「ようせん」は、HH HH。「ようせんわ」は、HH HHL。

「そやかて(せやかて)」は、HLLL。

「要る」は、HH。
「要らん」は、HHH。「要らんこと」は、HHH HL。



この章終わり。



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