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2017年9月 2日 (土)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ウダウダ」を読んで その4

「そんな殺生な……」(p.191)
私にとっては、時代がかった表現である。

仏教用語の「生き物を殺す」から転じて、「残酷な、かわいそうな、むごい、ひどい」、さらに転じて大阪弁で「ワヤクチャ、理不尽な、あんまりといえばあんまりな」(p.191)

値切り倒して、商売人に「そんな殺生な」(p.192)
このあたりが私にとっては一昔感になるんだろう。

「セッショウ」は「セッショ」(p.191)という縮約形がある。
耳にしたことはある。

一方で、「意地わる、むごたらしい、ひどい」という意味の毒性は使わない。
これも「ドクショ」(p.191)となるらしいんだが、耳にしたことがない。


そら殺生やで、というのが、圧迫者に対する被圧迫者の抗議であるとすれば、第三者に向かっての客観的報告は、「往生しました」になる。(p.193)


人が亡くなった時に、往生したというのも、最近は使っていない。
あくまで私がという話。

一方で、立ち往生はたまに使ってる気がする。
山手線がちょっと止まったぐらいでは使わないが、特急で1時間以上なら使う。


「閉口する、困る」という意味では、大木こだまさんの「往生しまっせ」がすぐに浮かぶ。
「リンダ、困っちゃう」が「往生しまっせ」なら、腹を抱えて笑いそう。

「××もとうとう、銀行にソッポをむかれて往生した」(p.194)
終わったなあという感じで、死ぬの派生で伝わってくる。

女をくどいて、「ええかげんに往生しいな」(p.194)
覚悟せえやという意味だろうが、こちらは伝わってきにくいなあ。


「往生する、にはあきらめるというようなニュアンスもある。しかし、真実、うんざりした、というようなときには、うとてもうたといいますなあ」(p.195)


共通語での歌っては、大阪弁では「うとうて」。それの縮約形が「うとて」。
「悲鳴をあげる、降参、音をあげる」(p.195)という意味で使われる。

倒産の際には、往生したよりうとてしもたの方が緊迫感がある(p.195)とのこと。
このあたりのニュアンスも私には伝わってこない。

天寿を全うしたら「往生した」、自殺者は人生に「うとてしもた」。
この例でようやく理解できた気がする。



「せっしょう」のアクセントは、HLLL~HHLL。
「せっしょ」は、HLL~HHL。

「どくしょう」は内省がきかないんだが、LLLHか?
だから、「どくしょ」はLLH。

「往生」は、HLLL。
「往生した」は、HLLLHL。
「立ち往生」は、LLHLLL。

「うとて」は、HHH。
「うとてもうた」は、HHHHLL。
「うとてしもた」は、HHHHLL。


この章終わり。






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