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2016年9月

2016年9月11日 (日)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんばい」を読んで その3

「あんじょう頼ンまっさ」「あんばい、しといて」(p.90)


味よく>味よう>あんじょう らしい。
私の中でのあんじょうは、安生洋二である。

さて、p.90に出てくる例文の意味はもちろん分かる。
でも、商人じゃないんで、全く使わない。どの年代までが使ってたんやろう。

「あんじょう、でけた」うまくできた、恰好よくできた(p.90)
物を作って、うまいことできた。でも、手先が不器用なので、なかなか言う機会がない。

「あんじょういうといて」適当にいいつくろっておいて(p.90)
私は、「うまいこと言うといて」か「よろしゅう、言うといて」。相手に丸投げする便利な言葉である。

A「Cさんに、よろしく言っといてください」
B「分かりました」
……
B「Aさんがよろしく言ってました」

一時期これが気になって仕方なかった。
「よろしく言っといて」の意味がまったく分かってないなあと。

「あんじょう、いっぱいはめられてしもた」敵の思うツボへぴったりはまったこと(p.90)
うまいことやられたなあだが、自分の失敗より相手の腕を少し褒めてるかもしれない。

「あんじょう、頼ンます」
「そうでんなあ、まあ、ほな、あんばい、しときまっさ」(p.91)

なんて、適当な会話なんやろう。「適当にお願いします」「じゃあ適当にやっときます」みたいな感じで、それでもなんとかするんやけど、このニュアンスが分からなければ不安で仕方ない。

あんばいは「塩梅」で、塩加減や梅酢の調味料を適当に用いるごとく、物事を、ほどよく処理することである。
折合いとか、程度とか、バランスを保つこととかの意も含まれる(p.91)

あんじょうとあんばいは、明らかに違うのだが、「うまいこと」と訳すと、その違いが見えなくなる。
上手にと程よくという程度差があるのだが、これは用例をもう少し探る必要があるだろう。

「どうも、あんばい悪いなあ」(p.91)
身体の調子が悪いだが、「*あんじょう悪いなあ」やとなんのこっちゃら、さっぱり分からん。

先の「あんじょうできた」を「*あんばいできた」は無理。
あんじょうは副詞的表現なんで、名詞と置き換えるのは無理があるんだろう。

「そんなあんばいで、結局2人は、こんにちおめでたく華燭の典を挙げられるに至ったのでありました」(p.91)

これは「そういうわけで」ぐらいの軽い言い方なんで、場面によっては使うかもしれない。
ちょっと大阪弁を意識してわざとやるには、ええあんばいの表現である。

「あんじょうたのんます、どうぞ宜しィに」
「あんばい、いうとくなはれ、お頼申します」(中略)
更にそれをすすめると、物凄いのは、「ええようにしとくなはれ」(p.92)

これは牧野史陽氏の解説で「”さアどっちでもかましまへん、まアあんさんのええやうにしといとくれやす”などと体裁のよいことを言ひながら、腹の中ではちやんと計画を立ててしまつてゐるのも大阪商人の特質といへるだらう」(p.93)

田辺聖子氏は、「この説明で間然することはない」と述べている。

相手に丸投げしているようで、自身が支配している。
やらしいやっちゃなあ。




「あんじょう」のアクセントは、LLHH。



その4につづく。



追記

「あんばい、いうとくなはれ」は??って感じ。




2016年9月 8日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんばい」を読んで その2

ニュアンスで言外の意味を察知しなければならぬことも多い。
―例によく引かれるのは花街(いろまち)の「へ、大きに」である。(p.87)


「おおきに(/おーきに)」は、「大きに有り難し」からだという説がある。
それが略されて、「ほんまありがとうな」ってところだろうか。

「すごいきれい」に出てくる修飾語としての「すごい」が大抵何でも表せるのと比べたら、「大きに」は強調表現だが一義的になってしまっている。

「おおきに」っていうのは、商売人しか似合わない。
いろんな意味での店を出る時なら、すっと入ってくる。

そうでない人だと、なんか嘘くささを感じる。
それは大阪弁のテンポそのものが昭和でなくなっているからかもしれない。

一義的とは言ったものの、「ありがとさん/また来てください」か「もう来んといて/お断りやわ」かは、文脈というより目で分かるもの。特に水商売の女の目。

言葉の形式だけ見れば、両義があるのであいまいと言えるかもしれないが、人の目は案外あいまいではない。
とんでしまってない限り。

さて、商売人という流れで、「商い」についての引用を。


商いは牛のよだれ。
商いは「飽きない」ということ。
商人の卵たる丁稚は、まずそんなことを叩きこまれる。
「のんびり、あせらず、ゆっくり、ぼちぼち、飽きないで商いをする」
それが、商売のコツである、と教わる。      (p.88)


あいにく、私は商売人ではないもので、この感覚は会得できない。
将来、起業しようという気も全くないので、この感覚を身につけることはない。

そういや、3年半ぐらい前にこんなネタを書いたなあと思い出す。
そして、オチが分からない人のために、無粋な解説も書いたなあと。


飽きるというのはリハビリの大敵である。
だから、たこ焼き屋でも始めてみようかと思う。
             (「ジムと脳炎とバイク」『福盛貴弘の脳炎日記』)


たこ焼き屋を始める。
商売なんで、商いだけに飽きない。
             (「ジムと脳炎とバイク」2013-03-13からのリンク『福盛です。』)


このネタを書いたころは、大阪弁ちゃらんぽらんを読む前のこと。
だから、著書から得た知識ではない。ということは、自然と体に沁みついていたのか。

そういや、あっちこっち丁稚の丁稚は、ちゃんと教わってたんやろうか。
きー松は一時期小番頭になったから少しは分かってたんかも知らんけど。

かん松とし松の独立編でもできりゃ、教わってたことが分かるけど、たぶん無理やろ。
五郎造に代わって利造やったら、おもろいかも。

「あっちこっち丁稚」見たいなあ。DVD出してくれたらええのに。
でも、たぶん無理やろなあ。昭和の吉本、ややこしすぎるからなあ。




「おーきに」のアクセントは、LLHL。





その3につづく。












2016年9月 1日 (木)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あんばい」を読んで その1

「あんばい」pp.85-95

「いきます/いきません」に対して、「いきま/いきまへん」という大阪弁がある。
私の中では、最近使ってないけど、全く使わないわけではない表現である。


大阪弁はあいまいで、肯定か否定か、ようわからん、と叱られることが多い。(p.85)


その例として「いきま」を挙げているのだが、これは一度慣れればというレベルで、決してあいまいではない。否定をいう時にはさすがに否定・打消しの接辞を省かないから。

また、共通語では「いきます/いきません」は「いきま」まで聞けば、最後まで聞かなくても分かる。これは1993年の日本言語学会で荻野綱男先生が発表されている

「いきます」は「ま」の後ろにアクセントの下がり目があり、「いきません」は「せ」の後ろにアクセントの下がり目があるが、それだけでなくイントネーションでも区別できるというもの。

この頃の発表は予稿集がないので、当時のレジュメを保存していなければ、詳細を確認できない。ただ、学生相手に追験をやったので、かなりの確率で識別できること自体は正しい。

大阪弁の「いきま/いきまへん」は、「いきま」なら「ま」が「いきまへん」の「ま」に比べたら、やや強めに聞こえる。その音声特徴(専門用語でプロソディ―)で分かるので、決してあいまいなものではない。

確かに共通語から考えれば、「~ます」と言ってもらいたいところだが、共通語の「~ます」は「mas」であって、「す」の母音は脱落している。そのうえ子音も脱落すれば「~ま」。

「~ません」の「ん」も、「ぬ」の母音が脱落したもの。
だから、こういったことばの変化は全く不自然ではない。

ことばの変化としては、大阪弁の方が最先端の形になっているだけのこと。
そこについてこれないのは共通語の呪縛にとらわれているからである。

ただ、慣れていなければ、なかなかなじめない。
そして、正しいと思うものを好む人は、嫌いなものを正しくないと思う。

それはある意味仕方ない。
人はそんなに客観的に物事をみる生き物ではないから、仕方ない。

ただ、大阪弁側から見れば、千歩譲っても大阪弁がおかしいとは思えない。
だから、「これは大阪人がワルイ(p.86)」と大阪人は思っていないはずである。




「あんばい」のアクセントは、HHHH。





その2につづく。





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