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2016年7月

2016年7月26日 (火)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「こまんじゃこ」を読んで その1

「こまんじゃこ」pp.74-84

さて困った。この表現は、全く知らなかったんで。
だから、説明なく言われたら、ちりめんじゃこの親戚と考えただろう。

実際、もともと「細ン雑魚(こまんじゃこ)」(p.74)で、小さい魚を指していたようだ。
ハヤモロコ、フナ、メダカのような小魚からの派生語である。

「この、こまんじゃこが……」という表現は可愛いなあ(p.75)というプラスでも、蹴ちらす語感(p.74)というマイナスの意味でもで言うことができる、

私の内省では、「ガキ」や「ジャリ」はプラスでは使いにくい。
「このガキが」「このジャリが」は悪意を持って使うのが多数である。

昭和初期、地位が低かった子供は「米喰イ虫」(p.75)と呼ばれていたようだ。
私は「金食い虫」とは言われたが、「米喰イ虫」という言い方は知らない。

今日のブログは知らない言葉が続くので、それに対して自身がどう言っていたかという確認が続く。ついで、p.76の引用。


こまんじゃこの生き甲斐は、学校から帰るや、平べったい大きな一銭銅貨を一枚握りしめて、駄菓子屋へ走ってゆくことである。この駄菓子屋はなぜか、姓を呼びつけにされる。「イノウエで買うて来(こうてこ)」「ムラタへいってくる!」などという。


私の家から最も近い大阪市城東区関目5丁目の駄菓子屋は姓ではなく「がめこ」。
10円落としたら、「うちの金や」と言われるぐらい、がめつかったから。

子どものネーミングセンスは、秀逸だがひどいものである。
ちなみに、「がめこ」の正式名称は結局最後まで知らなかった。

わらび餅のような「ベロ」(p.76)は食べたことがない。
おそらく合成着色料による鮮やかな色が生理的に受け付けなかったんだろう。

「写し絵」(p.76)というのは知らないが、入れ墨シールのようなものか。
こちらも生理的に受け付けないので、自身が関わったことはない。

紙芝居は街中で見たことはない。
はじめて観た紙芝居は幼稚園の時の「アンパンマン」であった。





「こまんじゃこ」のアクセントは、LLLHL。
これは知らない単語だから、使っていた世代からしたら違うかもしれない。

ちなみに「ちりめんじゃこ」は、HHHHHL。
「じゃこ」の「じゃ」の後の下がり目は間違いない。

なお、「がめこ」はLHL。
関目商店街に向かう信号で、右が大村ビルなので、左に進んでちょっと行ったあたりにあった。



その2につづく。








2016年7月10日 (日)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「けったいな」を読んで その3

人以外に使う例として、「けったいな家やなあ」(p.66)という例があった。
壁が原色や縞模様、デザインが過ぎて機能性が悪い家なら、私もそう言う。

役所のデザインが先端過ぎるのには、けったいなを使いにくい。
吹き抜けの建物だと脳の負荷が大きすぎて、笑ってすませられない。

その2でマイナスのけったいながあると書いた。
それでも日常の笑いや喜劇に関わらない時には、使えない。

病人に対しては、けったいなは使わない。
そこには滑稽さがないので、使おうという気が起こらない。

気のいい子にも、使いにくい。ただ、あまりに人が良すぎると、つい言ってしまうかもしれないが、これは微笑ましさによるプラスの意味である。

普段はしないことを急にやってきて、実はものを頼もうという意図が見えた時。
他の人が怪しいという意味で「けったいやなあ」と言うのは理解できるが、私は使っていない。

変わった奴でも、滑稽さによるおかしさがないと「けったいなやっちゃ」と言いにくい。
洋物に対する私の笑いは、よう分からんけど「けったいな動きや/やっちゃ」は言える。

「けったいな仲」(p.72)も、私にはおもろい夫婦という感じが必要。
すかたんと美人やったらそう思うかも。浮気者同士には使う気がしない。

私の内省では、けったいなは若干笑いにならないと使いにくい。
ただ単に変なというだけでは、ちょっと違う気がする。

なお、大阪のおばちゃんはけったいなおばちゃんではない。
それが普通なんだから、変やと思えないので。


けったいなの縮約形として、「ケッチ」(p.70)、「けたな」(p.71)があると書かれていた。
だが、私は両方とも使わないし、聞いたことがない。

まだ使われているのかは気になるところである。


「けったいな」のアクセントはHLLLL。



この章、終わり。






2016年7月 1日 (金)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「けったいな」を読んで その2

へんな、きてれつな、というより、いわばおかしな、が近いがこれも一つだけでは物足らない。「おかしなおかしな……」と二つもくっついた映画の題や小説の題があるが、あれはひとことでいうと、「けったいな」ということなのである。(p.65)


なるほど、ふむふむと思って読んでいたが、実感がわかない。
それもそのはず。全部洋画だったので、見てないから。


おかしなおかしなおかしな世界(原題: It's a Mad, Mad, Mad, Mad World)
 1963年 アメリカ
おかしなおかしな大追跡(原題: What's Up,Doc?)
 1972年 アメリカ
おかしなおかしな大泥棒(原題: The Thief Who Came to Dinner)
 1973年 アメリカ
おかしなおかしな石器人(原題: Caveman)
 1981年 アメリカ
おかしなおかしな訪問者(原題 Les Visiteurs)
 1993年 フランス


しかし、「おかしなおかしな」ってハードル上げすぎの気がする。
直訳だけではコメディと伝わらないというのは分からなくもないが。

洋画のコメディはまず見ないことにしている。
何が面白いかほとんど分からないから。

よう分からん動きで表現されても、伝わってこない。
ただただ、「けったいなやっちゃなあ」と思うだけ。

「けったいな」はプラスの時とマイナスの時がある。
洋物で動きでどうにかしようとしているけったいさには、私はマイナスのけったいな。

「おもんないけど、なんか変な動きして笑わせようと思とるで」
ストーリーがつまんない上に変な動きだとどうにもならない。

そのあたりが、私にとっての新喜劇との違いかもしれない。
あっ、松竹じゃなくて、吉本。

木村進さんの笑い声「イッヒッヒッヒ」や舞台上で「こんなところに水たまりが」と言って軽く飛び越えるのは、私にとってのプラスのけったいな。

明石家さんまさんのひょうきん族での一連の怪人はプラスのけったいな。
パーデンネンが一番けったい。ナンデスカマンも結構けったい。

それに比べたら、知っとるケアミダばばあは割と普通。ブラックでビルでさえ、もはや普通に思えてしまう。サラリーマンの普通さは逆にけったいだったが。

寛平ちゃんがけったいなのは、今更言うまでもない。
坂田利夫さん[注]はけったいより、やっぱりアホやな。






[注]

そういや、坂田利夫さんはルーキー新一さんのネタをついでたよな。
澤田隆治さんの『決定版 上方芸能列伝』を読んでて思った。

「あんたバカね、ホホホ」のもとは、「あなた知らないのホホホン」。
継承なのか流用なのか。ギャグが世代をこえてつがれるのは珍しい。

私はルーキー新一さんをリアルタイムで見てないが、それでも「いやーんいやーん」ぐらいは知っている。これも思い切って誰かがつげばええのに。

晩年を汚した芸人でも、ギャグまで汚す必要はない。










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