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2016年2月

2016年2月29日 (月)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかん」と「わや」を読んで その3

「あかん」について、あれこれ用例を考えてみる。
その3は時制に関わるところ。
死ぬ前に詠む句のことではない。まだ死ぬつもりはないんで。

体調が悪いなあ。
「今日はあかんなあ」「今日はあかんわ」
他の表現ももちろん使えるが、「あかん」も使える。

昨日は体調が悪かったなあ。「昨日はあかんかった/あかなんだ」
前者の方が後者より使っている気がする。
「昨日はあかんわ」もおかしくない。昨日を今のことのように思えば違和感はない。

昨日は体調が悪かったので、うまくいかなかった。
「昨日はあかんかって/あかんかったんで、あかんかったわ」
「あかん」の繰り返しを避けるために、どっちかのあかんを避けることはありうる。

「あかんかって」というのは形容詞の完了がテ形で用いれる言い方。
「寒かって」「青かって」はもちろん「きれかって(<綺麗であって)」もOK。
この形がそのうち共通語に入っていくと予測しているが、どうなるものか。

明日も体調が悪いのだろう。
「明日もあかんのやろな/あかんねやろな」
「の」か「ね」かどっちをよく使うかの内省は自信がない。

「体調悪いのか。」「よくない。」
「あかんのんか?/あかんか?」「あかんわ」
「あかんのんか」の方が「あかんか」より丁寧。
「あかんかったんか/あかんかったか」も前者の方が丁寧。

明日も体調が悪いかもしれない。
「明日もあかんかもしらん」
「悪かったかもしれない」に対する「あかんかったんかもしらん」はOK。
「悪いかもしれなかった」に対する「あかんかもしらんかった」は形は違和感はないが、そもそもこの文脈では変な言い方。

体調が悪そうだ。
「あかんそうやな」「あかんみたいやな」この2つはOK。
「あかんそうやったな」「あかんみたいやったな」は気持ち悪い。

体調が悪いようだ。
「あかんようや」は使えない。気持ち悪いを越えている。
「ようだ」は「あかん」に直接付けると私の中では非文である。

またそのうちその4を書きます。






2016年2月26日 (金)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかん」と「わや」を読んで その2

「わや」って、最近は使ってないような気がする。

周りに大阪人が常にいるわけではないので、そうなのかもしれない。

テレビを見て、ひとりで「わややな」って突っ込むこともしていない。

以前は「わや」の強調形で「わやくちゃ」を使っていたが、それも最近はほぼゼロ。

私の中では死語ではないが、死にかけてる語なのかもしれない。

「わやにしたる」はまず使わない。他人をめちゃくちゃにしたいという気がないので。

「わやにされたわ」も使ってない。そこまで他人にめちゃくちゃにされたことがないので。

「わやにされたわ」っていう場合は、相手に多少の可愛げがないと。

ただ単にストレスがたまるだけの相手には、こういった表現を使ってあげる気にもならない。

だから、私の中でかろうじて残っている「わや」は「整理できない」「雑多」「ごちゃごちゃ」「ややこしい」状況を評価するときぐらいにしか使わない。

それも、最近ではかなり稀になってきている。

今、目の前にある自分の部屋を眺めなおす。

「この部屋、わややな」??? 散らかってはいるが、しっくりこない。

泥棒が入って散らかしていったんなら「わややな」やと思う。

自分で散らかしてるのに、「わや」もくそもない。

論文で整理がつかないのも客観的に見れば自身のせいかもしれない。

ただ、こちらは「これまでの研究によるいろんな見解があってそれを整理できない」という背景があるので、部屋を片付けられないとはちょっとわけがちがう。

だから、論文の時は冷めた目で「わややな」と言える。










『大阪弁ちゃらんぽらん』「あかん」と「わや」を読んで その1

「あかん」と「わや」 pp.20-31

論文を書いている時を想定してみた。

行き詰って何も思いつきそうにない時に言う「あかん」。

この場合は、「あかん、寝よ」って場合が多い。

「もう何にも思いつかへんから、寝てしもて明日また考えたらええか」の「あかん、寝よ」。

自分の能力のなさへの諦めをこめて「あかん」。

〆切が近づいてきて間に合いそうにない時に言う「あかん」。

この「あかん」は、思いつかへん時の「あかん」より可愛げがない。

焦っている最中に出てくる。ただ、最近は「やばい」になってる気がする。

なお、〆切に遅れることはほぼないので、実際に使用することはほぼない。

あれこれ思いついたんだが、うまく整理ができない時は「わややな」。

その後に「あかん、寝よ」になることが多い。

自身のことを言ってるんだが、目の前のPCの画面を見て「わややな」と言ってる。

田辺聖子さんは、「あかん」を主観的発想、「わや」と客観的発想と捉えているが、割と合ってる気がする。

先の2例は諦めや焦りがによって出てくる「あかん」。ここでは「わや」は使えない。

整理できない時は、その状況を俯瞰して「わややな」。「あかんわ」と言えないわけではないが、「わややな」の方がぴたっとはまる。

「わや」には「雑多」「めちゃくちゃ」「ややこしい」といった状況が含まれ、それに対して評価するという面がある気がする。

その点で、「あかん」より「わや」は使用範囲が狭いんやと思う。










2016年2月17日 (水)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ああ、しんど」を読んで その3

仕事が終わって、もうひと踏ん張りとジムに行く。

駅を降りて歩いてジムに着く。ロッカールームのベンチに座る。

「You're king of king.」ではなく、「ああ、しんどー」とつぶやく。

ひとまず椅子に座れた安堵感。

それから、さあもうひとふんばりという気持ちが出たんだろう。

ここでのポイントは、「しんどー」。終わりが伸びていること。

この長音化は安堵感よりこれからやという気持ちがあったからだと思う。



ちなみに安堵感による「ああ、しんど」は結構キレがある発音。

アクセントは「HH LLH」で、「ど」のあとは伸びずに自然に終わる。

「しんどっ」だと、安堵感より疲れが多い感じ。

さっきのジムでの「ああ、しんどー」は「HH LLMM」って感じ。

「ああ、しんどー」が「HH LLHH」不満むき出しって感じがする。

「ああ、しんど」は明るめに、「ああ、しんどー」は独り言でつぶやく程度に。

しんどいとか忙しいとかは他人に聞かせるものではないから。










2016年2月13日 (土)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ああ、しんど」を読んで その2

ふっと、ヨモギダ少年愚連隊を思い出した。

めちゃイケの企画で、蓬田修士という一般人が主人公になる企画。

ちなみに蓬田修士さんはWikiでもとりあげられているから、詳細はそっちで

シリーズ4の時に、岡女合唱部と絡んだ時の2004年4月24日の話。

その時に加護ちゃんが言ってた「ああ、しんど」を思い出した。

ヨモギダやつんく♂との絡みがめんどくさくて放ったセリフ。

奈良出身やから、イントネーションはあってる。

ただ、若い女の子(当時16歳)が言ってると違和感があった。

それが、面白かったんだが。言わされてる感も含めて。



もう一つ思い出したのが、中川家のお兄ちゃん。

出てきてすぐにちっちゃい声で「ああ、しんど」。

それを弟に突っ込まれるツカミが、2013年12月27日の検索ちゃん。

兄貴の病気のせいかもしらんけど、これから仕事かめんどくさい。

舞台に出て人前に立って、開口一番「ああ、しんど」。

今からやらなあかん、しんどいなあをため息がてら言う。

安堵感がない「ああ、しんど」だが、これはこれで理解できる。



自宅で落ち着く時の「ああ、しんど」の補遺。

疲れて座る時に「よっこいしょ」、その後ほっとして「ああ、しんど」。

この感じが、「ああ、しんど」の場面として分かりやすいかと思って。

「よっこいしょ」の年寄くささが「ああ、しんど」に合ってるんで。

この時に「よっこいしょういち」と言ってしまうと、その後に「ああ、しんど」は続かない。

古臭いネタだけど、すでにオチているので、共起しない。

だいたい「よっこいしょういち」と言うてる時点で、たいして疲れてないからやろう。










2016年2月12日 (金)

『大阪弁ちゃらんぽらん』「ああ、しんど」を読んで その1

「ああしんど」pp.9-19

ジムでリハビリをし終わった時やったら、「しんどー」。
紛糾した会議が終わった時やったら、「しんどいわ」。

子ども相手にしゃべった後やったら、「ほんま、しんどいわ」。
歩き回ってやっと座れた時やったら、「ああ、しんど」。

「ああ、しんど」には終わってからの安堵感がいる。
運動後はほっとしたというより、肉体的な疲労感。

会議後はほっとしたというより、脳の疲労感。
子ども相手は、とにかく解放されて、脳と肉体ともにぐったりした疲労感。

歩き回っての時は行きたいところに行ってるからそれで満足感があり、そのうえで疲れたから「ああ、しんど」。
「ああ、しんど」はちょっとゆったりした感じがないと使いにくい。

仕事から帰ってきた時は満足感がのおても、自宅で落ち着くんで「ああ、しんど」。
帰ってすぐやのおて、着替え終わって、座椅子に座って落ち着いてから、「ああ、しんど」。

そういう意味では、著書に書かれている使い方とそんなに変わらん気がする。

追記

「ああ、しんど」のアクセントは「HH LLH」。
「しんどい」やったらLLHL。「しんどー」やったらLLHH。




2016年2月11日 (木)

私の大阪弁について 予告編

「福盛貴弘の脳炎日記」の寄り道サイトとしてやってきたが、当面は大阪弁について書くブログにする。


アメブロで書くといろいろ雑多になってしまうので、こっちで書くことにした。特に他意はない。なお、更新は不定期である。

ここのところ、落語に関する原稿を書いていて、その中で読んだ田辺聖子さんのエッセイから、当時の大阪弁と私の大阪弁を比べてみたいと素朴に思った。

したがって、しばらくは私の内省による大阪弁の言語資料となる。データ自体はご自由に引用していただければ。

なお、私の大阪弁は実質的には70年代後半から80年代を過ごした人の大阪弁になる。90年代以降は大阪に住んでいないので、現在の大阪弁はほとんど身体に染みついていない。

だから、「そんなん言わへんわ」「それちゃうんちゃうん」「大阪弁っぽくないなあ」と言われても、私はそのように使っているというだけのことである。

特に典型的なあるいは代表的な大阪弁を記すわけではない。たたき台として、田辺聖子さんのエッセイに書かれた大阪弁を使うか使わないかを書くだけのことである。

こんな過疎ブログに誰も来ないかもしれない。
まあ、それでもよろしければ、おつきあいください。







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